星瀬恋歌 2025-03-01 19:22:26 |
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続き。
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花畑を抜けると、舗装された道があった。
見覚えはない。でも、足が勝手に前へ進む。歩きながら怜花は思う――なぜだろう。何かを探している気がする。
やがて街が見えてきた。
ビルの影、信号の赤と青。人の声、車の音。懐かしいのに、遠い世界のようだった。
「……すごい。にぎやか……」
怜花は通りを歩いた。制服姿の学生たちが笑いながらすれ違う。主婦が買い物袋を提げて横断歩道を渡る。
どこかで焼き立てパンの匂いがして、思わずお腹を押さえた。けれど――音はしても、空腹の感覚はなかった。
そのときだった。
曲がり角から、ひとりの男性がぶつかってきた。
「きゃっ……ごめんなさ――」
言葉が途中で止まる。
男の身体が、怜花の胸をすり抜けた。
透き通った冷気が一瞬、全身を貫く。
怜花は慌てて振り返った。けれど、男は何も気づかず、スマホを見ながら歩き去っていった。
「……え?」
両手を見る。指先が少し震えている――いや、震えて見えるだけだった。
陽の光の下で、指先が淡く透けている。
手のひらの向こうに、勿忘草の青い影が重なって見えた。
「私……どうして……」
視界がにじんだ。涙が頬を伝う感覚はあるのに、地面には落ちない。
それは、空気に溶けるように消えていった。
――その瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走った。
何かが壊れる音がした気がする。記憶の断片。
夜の道路。誰かの叫び声。眩しい光。
怜花はその場に膝をついた。
「……私、死んでるの……?」
街の喧騒の中、誰も彼女に気づかない。
それが何よりも、恐ろしかった。
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