『蚕繭』 2024-08-25 20:21:07 |
|
通報 |
(小学生の時に鉛筆で黒くした紙を虫眼鏡と太陽光でじわじわ焦がして燃やしたのがふと思い返された。一緒に遊んだ同級生の名前も顔も今では何一つとして覚えていない。耳に入ってくるのは童話の名前。どれも興味が湧く対象ではないが、あの女は気にいるのだろうか。それすらも今はどうでも良い。二十歳、はたち。二十歳の時は何をしていただろうか、男の話を流しながら少しだけ記憶を思い返して。朝から朝までクラブ、バー、居酒屋、誰かの家、路上で快楽に溺れていた。自分を満たしてくれるものを傍に置いていたかった。4年前の自分はあまりにも愚かだった。比べてこの男はその時から財を成していた。この世の中は才能を手にしている者が優遇される仕組みになっているらしい。多分これらは頑張りだとか努力だとかでは埋められるようなものでもなく。自分よりも下と思っていた者がその実、権力も実力も何もかも持っていた時の劣等感たるや。スマホを握っていた力が無意識の内に強くなっていたことなど自覚出来ず。なんとなしにポツリ、溢れた言葉は感想に近いもの。「お前、いつか殺されるかもな。」例えばハウスキーパーが、画商が、ガキが、女が、知り合いが、強盗が、俺が。その金品目当てにこの男を殺害なんて簡単に出来るし、そもそもそうしなくたって盗むことなら野良猫にだって出来てしまう。それなのに何故この男は平然としているのか、‘普通’に生きている自分には理解不能で。いつの間にかスマホはロックがかかっており、暗くなった画面には感情を宿さないような目と天井の明かりが。さらさら、スーッ、カリカリ、様々な音が流れる空間は慣れないせいもあり居心地が良いとは言えず。やっと止まったかと思えば此方を見てくる男を静かに見つめ返し。「別に、普通。此処の5分の1もねェよ。」本当の事を言うと説明が面倒臭く、それだったら適当に嘘をつけばいいといういつもの常套句。「ま、こんな家に住めれば願ったり叶ったりだけどな。」唐突に着信音が鳴れば画面に表示された名前は最近知り合ったばかりの男の名前で。長いため息をついてからタップで電話出ながら立ち上がり、目の前の男を気にする事なく本や紙を踏まないよう足元を見ながらその部屋から出て行き。)
| トピック検索 |