『蚕繭』 2024-08-25 20:21:07 |
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( 散々愚痴った紙は真っ黒に、鉛筆の芯も随分減って底が見えている。不満一辺倒の変人とは反対に、さっぱりとした淡白な感情を滲ます彼を見詰める事少々、目の前に差し出された画面に自然と意識は移り、そちらへ食い入る勢いの視線を向ける。「……ありがとうです。」そのきらきらとした写真達が去るまでの間と、その後の十秒くらいは暫し無言。それからやっと半開きのままだった口から礼を告げながら、思い悩みを描いた紙を破り放って。また真っ白になった頁にがりがりと筆圧の強い音を立て、今度は迷いの無い線を引いていく途中、掛けられる声にほんの僅かゆらゆらと首を傾げ。「…ヘンゼル、グレーテル。と、アリス、ぐりぐら……」一番始めの質問には童話やら絵本やらに出てくる名を並べ、答えているのか独り言なのか微妙なトーンの低い言葉を。続けて、「……はい。」住居についてはまず簡潔な首肯。「二十歳の時に、もっとたくさん絵を描く場所が欲しいと言ったら、画商さんが整えてくれました。嬉しかったです。でも二階は作りませんでした。うっかり転んで落ちそうだからと。…ちょっと不服です。」そのまま芋づるに引き出されていく記憶を片っ端から話していく調子は内容に反して淡々と、しかし描く手元のリズムは弾んだり鈍く沈んだりと、声よりは余程素直に感情が表れている。「……住んでいるのはオレだけです。画商さんがたまに泊まって、ハウスキーパーさんを呼んだりします。近所の子が入ってた事もあります。画材に触っていたので話しかけたら、後でその子の親にオレも怒られました。…何だったんでしょう。」セキュリティも何もあったものではない、他者の侵入がされ放題のエピソードをつらつらと、そしてそれらに危機感の“き”の字も見当たらない単調な鉛筆の音をBGMを添えて、尤もな怒りの理由を理解しかねる疑問で締める。ついでにラフも完成したのか、ひたすら線を繋いでいた手元もぴたりと止まり、顔は彼の方へ上がって、「春翔さんのお家はどんなですか。」無論彼の事情や背景など知る由も無い、何ともシンプルな関心に若干抽象的な問いを放り投げる。)
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