東 2024-07-20 01:24:27 |
|
通報 |
…………あー。わかる気がするわ。
(雨が嫌いじゃない。感覚的にそう返してから少し思案する。そう言えばなんでも古い時代には水不足問題なんてこともあったらしい。今でいう節電みたいなものなんだろう。
命の水。
とはいえ、東がいうのは『生きていく為には水がいる』だとか多分そんな詩的な話じゃないように感じた。
たとえば雨の音でかき消された街の喧騒だとか、少しだけ下がる気温だとか、街中の澱んだ空気を洗い流したような雨の匂いだとか。そういったものが確かに俺もキライではなかった。
――おっと、次の角を左か。
普段の通学に使う道とは少し外れた舗装路。豪雨に曝されたアスファルトで砂と水とが混じりあって側溝へと緩やかにしたたれていく。天より堕ちた雫は地に跳ね転がり流されてゆく。上から下に。時の流れと同じように。逆はありえない。それは俺たちもきっと同様なのだと思う。受験、進学、就職。今ある景色は形を変えていく。巻きもどることはなく、そこには永遠もない。俺は、どうなんだろう。どうなるんだろう。整備された街のライフラインのような側溝や下水はヒトの心には存在しえない。このままどこにも洗い流されることなく過去の記憶に押し潰されていくのだろうか。濁り、混ざり、赤茶けた土気色の水溜まりのように。)
…………おー。くるのはじめてだわここ。
(曇った思考を断ち切るような東の声に俺はハッとして顔を上げた。
健康ランド。いつもは遠くから見るだけだった場所。知らない場所は些かの緊張を伴ったが何も銭湯自体がはじめてというわけでもない。風情を多分に演出した暖簾を片手で持ち上げてから引き戸に手を伸ばす。
ウィーン。…………自動ドアだった。実に純和製な作りの引き戸だったがよくよく考えてみれば当たり前じゃねぇか今のご時世。紛らわしい形すんなよこの野郎、と俺は眉を顰めた。)
| トピック検索 |