東 2024-07-20 01:24:27 |
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“――お兄ちゃんなんだから。“
(妹が物心つく前からよく母親からいわれた言葉。『お兄ちゃんなんだから』しっかりしなさい。『お兄ちゃんなんだから』ガマンしなさい。『お兄ちゃんなんだから』ちゃんとしないと。俺は別に苦じゃなかった。と、いうよりそれは当然のことだと思った。まだ小さい妹の手本となるのは俺にとって当たり前だったから。お兄ちゃんらしく。お兄ちゃんとして。やがて少しずつ気づいていく。妹と俺と。一緒になにかをすれば決まって可愛がられるのは妹の方だという事に。親戚にも。近所の子供グループでも。きっと俺には人を惹きつけるなにかが足りないのだろう。でもそのなにかはわからないままだった。
『――え、アレが○○ちゃんのお兄ちゃんなの……えぇ』
妹の友達が家に来た時に向けられた言葉。
中学生だった俺には妹の友達から向けられた視線の意味を容易に理解した。
――○○ちゃんのお兄ちゃん太ってるんだね、と。
妹に恥をかかせてしまった。お兄ちゃん失格だ。
俺は剣道を始めた。どうせ強制の部活動。何かに入るなら少しでも痩せなきゃ。
きっとこの時期の俺はいつも顔色が悪かっただろう。体調崩して一人だけ卒業写真を別撮りしたのもそのせいだ。
……本当はわかってる。
妹に恥をかかせたのがイヤだったんじゃない。誰かにガッカリされたという事実が俺は受け入れられなかったんだ。
7分袖なんてあだ名をつけられた時、俺は何度同じことを繰り返すのだろうと思った。
髪型を変えて。
服を調べて。
友達グループでも一歩引いた視点から物事をみるようになった。なるべく自分のことは語らない。しゃべり過ぎない。でしゃばらない。
そうすれば――ガッカリされることもない。
昔の俺を知ってる東が同じ学校なのがイヤだった。絶対に相容れないと思ってたグループの一人。しかも女子。視線が苦手だった。
なあ東。
俺、お前から声かけられる度にビクビクしてたんだよ。なにか昔のことを吹聴されるんじゃないかって。
……それが。いつからだろうな、勉強でも寄り道でもなんでも。お前から声をかけられる度に嬉しいと思うようになったのは。たくさんいる友達の中で選んでもらえた、とでも思ってんだろうか。は、マジでキモいな。そんな訳ねぇのにな。それでも俺は、嬉しいと思ってしまうんだよ。こんなろくでもない感情に名前なんか到底つけられないけれど。)
……東……。
(『まもなく――に止まります。お出口は右側です。』
徐々に減速する車両によってガクンと肘の安定欠いて覚醒した俺は左右を慌てたように見回した。眼下に着座していた初老の男が居なくなっている。空いている椅子。)
あれ……ん、今何時……。
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