東 2024-07-20 01:24:27 |
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あー……なんか変に疲れたな。
(人の波を縫って電車内を進んで少し。既に一時停止を解除してゆるゆると走行を再開している車両の中で、俺は立ち位置を決めたつり革に両手で体重をかけてからそう呟くとふぅと嘆息した。
行儀の悪い姿勢。また人が混んできたら正すから今だけは大目にみてもらいたい。俺の眼下、このやや奥まった端の座席にはどこか気品のある初老の男が姿勢よく座っている。目元に刻まれた年輪のような皺がこの人の生きてきた証なんだろう。俺はつり革越しに自分の左手をみる。何の変哲もない手。そこにはなんの経験も重みも感じられない。いってしまえば男らしさがないのだ。あるのは先程までこの面白くもない手が東の手を引いていたという事実だけ。うおおおおぉ……と思わず煩悶する。今日の自分の行動を省みれば自己嫌悪以外のなにもない。軽々しく女子の手を取るとかどういうんだよ俺は……。と考えてから女子? と首をひねる。女子……まあ東だからまだよかった。これがちょっと顔見知り程度のクラスメイトとかだったら間違いなく『キモ』とかの一言で撃墜される。いや、実際キモいわ。しかもなんか謎の漢気を発揮しようとかしてたし……今となっては全てが恥ずかしい。やってらんね。もう一度ため息を吐いて、それから東の方を見た。こういうのいちいち気にしてるからダサいんだろうな。こいつは、堂々としてるよな。普段あんまり見ることのない東の横顔はなんだか新鮮で――綺麗だった。)
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