東 2024-07-20 01:24:27 |
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――ん。ほれ。
(メニューを向けられたと同時に俺は注文用のタッチパネルを充電台から引き抜いて東側へとテーブルを滑らせた。
終始楽しそうにメニューでアレコレ考える東の様子を頬杖をついてぼんやり見つめていたが飽きなかった。雨の日クーポンとか俺より全然ゴストに詳しいし。アプリとかあんだな。まあ今だとどこもかしこもやれネットオーダーだ公式アプリだと顧客とのエンゲージメントをとにかく高めようとするのが企業傾向だ。
俺みたいな極力余計なアプリを入れたくない派には生きにくい世の中。スマホのホーム画面とか二ページ超えんの嫌だし。
それでも。東がそんな楽しそうにしてるなら俺も取ってみるかなんて事を思った。)
よく食うな……マジで腹減ってたんだな。
(メニューに視線を落としてポツリと洩らす。本当は空腹なんてただの口実で、なんとなくただこのまま帰るのがちょっと惜しいような――そんな俺と同じ気持ちだったらなと思ったが違ったらしい。
そういえばあんな事がなければ今頃健康ランドでソフトクリームでもつまみつつマッサージ機に打たれていたかもしれないんだよな……。
ゴストのメニューはトップページの季節物の限定商品から始まって定番の肉料理、パスタ、サラダと続く。ページこそめくっているが俺の目はリストを泳いでいるだけでなにかを捉えることはなかった。
沈澱させた気持ちが浮上してこようとするのを無意識に封じる。今はごちゃごちゃ考えても東に心配かけるだけだ。どうせ家に帰って一人になればもうどうしようもない葛藤に苛まれるのは確定している。自分の気持ちを言語化して整理するのはそれからでいい。
それまでは無でいよう。
今の不安定な感情はともすれば予期さえしてないことを口に出しかねない。
視線をメニューから東へ向ける。
タッチパネルを操作しているであろうその姿をみて、ふと頭によぎったのは鈴木の台詞だ。谷と付き合いだしたばかりの頃、あいつらの馴れ初めを知りたくて鈴木に問いかけた。『なんで谷なの?』と。それを受けた鈴木は勘違いして確かこういった。『俺にしとけよ?』。
今思いだしても何言ってんだコイツと思う。
なのにさっき歩道橋で名状し難い感情にとらわれた時――東から顔を覗き込まれた時。
俺はこう思ったのか?
――俺の事を好きになればいいのに。
いやいやいや……まさか。勘弁してくれ。
無でいると決めたはずの俺は顔を手で覆って唸った。)
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