東 2024-07-20 01:24:27 |
|
通報 |
(――なんだこれ。
ドッドッと強く胸を打つ鼓動に収まれと願って握った拳を押し付ける。手首がじくと痛んだ。――ああ怪我してたんだっけ。そんなことさえもう昔のことのようで。鳴り止まない鼓動の音は緊張とよく似ていた。
例えるなら学校。新クラスで見知らぬクラスメイトに自己紹介を一人ずつ告げてゆく。さあもうあと次が自分の番だ、というような……別に死ぬような思いをするわけでもないのに鼓動が破裂しそうな感じ。
……いや違うな。
自分で考えておいてなんだが鼓動が激しいこと以外に共通点ねーな。つい、と肩越しに東を見る。後ろを歩く東は若干俯き気味にみえる。表情はよく見えない。だというのにただそこに居る、居てくれるという事実を嬉しく感じる。
いや、いやいや。どうなってんだこれ。
歩道橋も中頃に差し掛かった辺りで風が吹き抜けた。ざんばらに舞う前髪が眉毛を掠めてゆく。不意に漂う香気。先刻東に感じたものに近い。自身の髪から東と似た匂いがする事実に一瞬、気分が高揚しそうになって。直後にそんな自分に自己嫌悪する。)
マジかよ俺……。
(ぽつりとそう呟いて顔を掌で覆った。ごちゃごちゃの思考に辟易とする。今日はもう色んなことがあった。ありすぎた。駅で動揺して、雨に濡れてコンビニまで走って、人生でも数少ない暴力なんてもんも振るった。人前でみっともなく感情のままに泣いてしまった。
その、どこにも東がいる。
行動の中心に東がいる。
……俺は東が好きだ。それがどういう類のものかはともかく――その好きな相手の前でカッコ悪い、情けない姿しかみせていない。おまけに純粋に俺を心配してくれる東に余裕をもって接することもできない。さっきのもやもやなんかアレはなんだ。
俺からすりゃ元カレはクズだがそんなクズでも笑って許すような東だからこそ俺にも分け隔てなく応援してくれるのだろう。
なんだ東、お前神様かなんかか? 自分を削って施しをするカミサマ。じゃあその神様は誰が救ってくれるんだって話。
俺はお前に――……。)
幸せに、なってもらいてぇよ。
(歩道橋の段差を下る。ぽつりと口からでた本心は間違いなくて。けれど気分は降り階段とどこか似ていた。この階段を下れば目的地はすぐそこだ。)
| トピック検索 |