東 2024-07-20 01:24:27 |
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(伸ばした指先が触れた東の髪。毛先は少しだけしっとりとしているように感じた。ちゃんと乾かさなかったのか……なんて事を思うような思考はない。なにしろほとんど無意識に伸ばしてしまった腕なのだから。
そっと、触れた指先――もっと言えば爪の先からゆっくりと、静謐な御簾を覗くようにしてゆっくり左方へと緩やかな毛束を持ち上げて東の顔を瞳に映す。
――ああ。やっぱり。
そこにあったのはおよそ見たこともない苦衷。これが東のする表情かと思うほどに儚げで、今にも泣きそうな面差しだった。
それは当然の帰結だ。
東の優しさがなにも俺にだけ向けられているものではないように。
元カレに向けられたような気遣いが俺にも向けられないはずがないではないか。)
………………ははっ。
(なんて顔してやがる。
そんな顔を隠して、いつも戦っていたんだなお前は。
俺よりよっぽど隠れたくなるような関係の連中相手に怒ることなく笑って、許して。情けなく怯えて隠れようとする俺に、また笑って自分を見とけなんて堂々として――……。
〝キュンとさせたらすまんな〟
――ああ、したよ。
急激に、抱き締めたくなる衝動に駆られる。その顔を少しでも安心させたくて。もちろんできる訳なんてない。
こいつの好みは俺なんかとはかけ離れているのだから。
東が俺のことを好きだったらどうしようって?
とんだ欺瞞だ。
俺が、こいつを好きなんだ。
俺は気付いてしまったソレを胸の奥へとそっとしまって。伸ばした腕を元に戻した。そして、おどけたように笑ってみせた。)
――東、アイツからも〝アズ〟って呼ばれてんだな。下の名前みたいじゃね? 東アズ。
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