東 2024-07-20 01:24:27 |
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(その後の顛末としては、実に想像していたよりもあっけないものだった。騒いだ友人③によって駆けつけたスタッフから事情を問われた際に元カレが『友人同士のほんの諍いだ』と大事にしなかったのだ。最悪警察沙汰――受験シーズンであることからそれを嫌ったのかもしれない。ただ、スタッフからやんわりと退店を促された時、元カレの東を見る目からは険がとれていたようにもみえた。別れ際、しっかり俺にはひと睨みしてきたけれど。あとで彼女に俺の正体とかもろもろ全部バラされて散々に罵られるんだろうな。まあそれは自業自得。よく殴った方の拳も痛いんだ、なんてセリフがあるけど、まさか心が痛むとかの比喩でなく本当に実際に痛いもんだとは思わなかった。なんか手首の当たりがじくじくとする。)
――……カッコわりぃ。
(外。雨のすっかり引いた夕空は茜色に染まり、その斜陽で瞳をうっすらと細めさせられる。どこか遠くで聞こえる喧騒は祭りのあとのように寂しくすり抜けていく。俺の呟きも雨の匂いとともに掻き消えるだろう。
人を殴ったのなんていつ以来だろうか。小学生の時はそりゃ取っ組み合いなんてよくあったけれど。思えばアレって気持ちをうまく言葉にできないからこその行動なんだよな。感情を言語化して伝えることがうまくできないからこそ行動で示すしかない。俺は怒ってるぞ、腹を立てているぞと相手に文字通り体当たりするわけだ。するとまぁ、こんな歳になってする喧嘩なんてのはただの暴力なわけで。しかも殴った俺の方が情けなく涙して……夕暮れ時で助かったかもしれない。もしかしたら今も目元とか赤いんじゃないだろうな。
なんとなく気になって手のひらの付け根あたりで瞼をこする。とにかく、まず謝らなければならない。
俺は一緒に外へ出たはずの東の方へと振り返った。)
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