東 2024-07-20 01:24:27 |
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(――拳の感触が、妙にリアルだった。
東の元カレがぺらぺらと宣う中で、俺が手を出したのはどのタイミングだったか。
東がもういいよ、と触れた時じゃない。
『なにタイラくーん? 髪とか染めてっから一瞬わかんなかったじゃーん。元気してた?』
ニヤニヤとした挑発的な笑みでこういった時だったか。違う。
『つか平のくせにいつまで俺の手掴んでんだよ。おい。おい!』
ここでもない。
そうだ、こいつが東に向き直って――。
〝男なら誰でもいいってか。人の事言えねーじゃん。〟
――ああ。ここだわ。
『つーか? 男なら誰でもいいっつっても平はねーだろ。ランク落としすぎ。いくら俺らに相手にされねーからって……』
その言葉を最後まで聞くことはなかった。
衝動。
ごちゃごちゃと考えていたはずの頭の中が、今はただその口を黙らせたくて、左手で掴んだままの相手の手首を寄せるように引いて同時に握った右拳をまっすぐ顎先へと撃ち抜いた。)
はあっ…………はあっ……………!
(中指から小指までの拳骨に壮烈な衝撃が伝わる。同時にすっぽ抜けたように掴んでいた相手の手首も離れていく。
凄まじい動悸と肺の詰まったような緊張に俺は大きく肩で息をした。
もんどりうってフローリングに倒れ込む東の元カレとなにかを叫びながら駆け寄るその彼女。
ぜえはあと呼吸を乱している俺と、なにが起こったか理解しきれていない風の元カレ。どっちが殴られた方かわかりゃしない。
頭の中は真っ白で気の利いた言葉のひとつもでてこない。
なのに。口が勝手に動いた。)
おかしいだろ……ッ、東が好きで! たのしくて! 一緒にいたんじゃねーのかよっ……!
なにがあったかとか俺は全然わかんねーけど!
こいつがどんな気持ちでいるか考えたことねーのかよ……なんでだよ……なんでそんなことが言えんだよ……。
(ああ、こういうとき本当に俺は自分が情けない。かくりと力が抜けて、膝をついて。
なぜか溢れ出てくる涙。
赫奕としていたロビーはやがて騒擾へと変わり、俺は自分のした事の大きさを知った。)
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