ふーちゃん 2022-09-14 11:20:48 |
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ことばとゆうものの、むずかしさでしょうね。
こう思ってみてください。ほんとうわ、神様
のようなところへ向かって変わってゆくことも
できる存在であるから、っとゆうふうに、ですよ。
逆に、本当わ、神様だけど、保護犬、保護猫どうぜんに、
落ちぶれて、人間界に来ている元神様が、まさか、そんなことわ
ないはずですが‥。このほうわ、ただの脱線でしてね。
転機とゆう言葉のように、一つの機を縁に、ひとの心は、
様々に、変わるとゆうことでわ、ありますよね。
その機により、あやまちを、おかすひともあります。でも、
逆に、機を縁にして、おのれの罪に気付き、発心を起こす人も
あります。すべての人に、その可能性わ、与えられているけれど、
転機に出会えないままなのだと、考えてほしいのです。
仏の道とわ、衆生の救済の心。そこへ、けして、至らぬとわ
言いきることのできない、可能性わ、すべての人にありうるがゆえに、
人わ、尊ばれるべきなのです。
言葉のすり替えを、意図したのでわありません。言葉の使い方が
あいまいな部分が、残っていたのだろうとゆうことも、原因なのだと、ご理解を。
つまり、尊ばれるとわ、大切な存在として、取り扱われる(べき存在)とゆう意味です。
たしかに、尊いという言葉でわ、すでに、常人を超えた存在としての
なにかをもっている人を意味することになりますね。
その点の、表現の仕方に、ぼくわ、誤りがあったのかもしれません。
も~、どこあたりのことだったか、わすれているのです。
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