匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(きしり、とまた発条の縮む音。見れば、あの能天気な無防備ぶりはどこへやら、明らかに今更恥じらいだしたらしい真っ赤な顔のヴィヴィアンが身を乗り出している。そのまま肩口に伸びた指先は、躊躇いが乗るからだろうか、酷くしおらしい這わせ方。かえって面映ゆいその感触に、呼び覚まされそうなものもあったが。目を閉じるだけでやり過ごせたのは、こうなったら何事もなく朝を迎えてみせようと、先ほど腹に据えたから。だから、取り立てて深い意味などないはずの作業を、蚊の鳴くような掠れ声で、語弊を孕ませて請われたときも。一瞬の間の後、ごくゆっくりと瞼を開いただけで。曖昧に投げた青い視線、薄く開いた口からは何も発さず、ただ首元に両手をやり、釦をひとつひとつ外していく。これでいい、?まれるな。ただ無心でいればいい。──そう自分に言い聞かせながらさらけ出されたギデオンの上半身は、蝋燭の揺れる明かりに照らされ、いくつもの陰影を描く。若者の瑞々しさには流石にいくらか劣るものの、日々鍛錬を欠かさぬおかげでしっかりと張りがあり、肉らしい肉などその体重の一割もない。自分たちのような職種は、鍛え上げた筋肉そのものがいちばん大事な鎧なのだと、かつて師匠に教わっていた。……その娘にこうして傷を診てもらう日が来るとは因果だな、と微かな感慨を覚えながら、相手が診やすいように上半身だけ緩くそちらに向ける。レイケルに貫かれた肩の傷は、腕のいいヒーラーのおかげでとうに穴こそ塞がった。しかし呪いのせいで治りは遅く、三つ並んだ傷口と周辺の肌はまだ青黒く変色したままだ。そこに軟膏を塗るだけなら自分でもできるはずだが、「せっかく相性の良い聖魔素の持ち主がいるんです、それごと塗りこんで貰いなさいね」とはあの意地悪な医者の助言。それを素直に実行するのは、今宵この場が初めてとなる。……しかし、初回がこんなに緊張した雰囲気では、いずれ来る二回目以降も変な空気になりかねない、それは御免だ。そう考えてふと切り出したのは、他愛もない雑談。低く落ち着いたトーンの声で、相手の緊張をほぐすべく、されど治療の邪魔にならぬよう、大した意味もない呟きを落として。)
……そういや、川の水位がおかしいくらいに下がっていたな。船員の話じゃ、こんなことは初めてで、それらしい気候の異変も全く見当たらないらしい。原因、何なんだろうな。
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