匿名さん 2022-05-05 14:12:04 |
通報 |
( 相手に一抹の不安を与えている事には気付かず、自室へ戻ると、タンスの中からいつもの様に黒一式の服装を取り出す。相手に貰ったジャージを脱ぐと、一間、それを眺めては丁寧に畳んで仕舞っておく。醜い肌を急いで隠すかのようにハイネックのトレーナーにパンツを履けば、引き出しから1つ、ポケットに忍ばせ、もう一度携帯の画面を見つめる。
傍から見ればただの営業メール。しかし、その文面の真意を読み取るのはもう慣れたものだった。標的、場所、時間、経路、全てを頭に叩き込めば、身軽なまま早々に部屋を後にした。)
……。
( 玄関の扉を開けた時、隣の部屋の戸が目に入る。一昨日までは何も気にしたことは無かったのに、今ではこの並んだ扉が妙に嬉しくもあり悲しくもある。
だが、すぐにそれ等の感情を押し殺せば、施錠して、早足に駅のある繁華街へと向かっていく。
暗くなりゆく空の下で、帰宅する人混みに溶け込みながら、時に誰かと肩をぶつけつつ、まずたどり着いたのは、繁華街の外れにあるロッカールーム。
何気無い顔でパンツのポケットから小さなロッカーキーを取り出せば、番号を確認して中からリュックサックを1つ受け取る。初めて来たロッカールームだが、どうやら“偶然”鍵がポケットに入っていたらしい。きっと、誰かと肩をぶつけた時に入ってしまったのかもしれない。
__荷物を受け取れば、再び繁華街で人混みに紛れつつ、長い髪を結び、リュックの中から手袋とマスクを。一見すぐに怪しまれそうだが、人が多ければ多いほど、そして派手な街ほどそんな姿も溶け込んで消えてしまう。
あとは、飲み屋の前で一人、だらしなく頬を赤く染め、店員に悪態を着いている迷惑な中年男を視界に入れれば、もう、殆ど仕事は終わったようなものだ。
あのような横暴で人を見下す人間は、例えばぶつかってしまったり、横槍を入れたりすると逆上する。それでいてこちらの態度が謙虚であればある程、調子に乗って自ら人目につかない路地なんかで説教を始めたりするのだ。)
__ 社長さん、だったんだ。
( 暫く、中年男の喧騒が此方に向かって耳を突いていたが、暗い路地の上にはもう既に、静かになった男の姿。右手に握られたナイフの先で、赤黒い水溜まりの上に落ちた相手の名刺を拾いあげると、静かに口を開き、特に何の感情もない顔で相手を見下ろした。
仕事をしたのも随分久しぶりだった気もするし、前に比べて腕も落ちてしまった気もするが、これで一仕事着いた、と、あとはいつものように帰るだけの、はずだった。 )
トピック検索 |