一人遊び

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   2021-10-27 12:27:07 
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今日も人生俯瞰、オーバー




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  • No.1 by 駿河 涼 / 黛 彩葉  2021-10-31 00:56:05 




庶務ちゃん知ってる? キョンシーって、お札貼られてる間は動けないんだって。
( 教室の床に腰を、壁に背を預け、昨日調べたばかりの内容をぽつりと口に出す。今日はハロウィンの仮装パーティー。係として選出された生徒が仮装して、校内の思い思いの場所に散らばっている。かく言う俺も、青地に金刺繍の古代中国の服と、【勅命陏身保命】と書かれたお札をつばのない帽子に貼り付けてキョンシーに仮装していた。「だから、ここから動けないんだよね」俺がそう続けると、彼女は意図を察したように呆れ顔になる。キョンシーの設定は、俺にとっては体のいいサボりの口実だった。お札を貼られて動けないのだから、この人気の少ない場所にある空き教室から出て来られなくても何ら不思議はない。……と、いう設定。そして、彼女の前に限っては、更にもう一つの口実として機能する。何かを言いかけた彼女と、丁度声が重なる。聞こえなかったのか、それとも聞き違いだと思ったのか、きょとんとした顔で聞き返してくる彼女に、もう一度繰り返す。「動けないから、今なら好きにしていいよ、俺のこと」今度ははっきりと届いたのだろう、彼女は分かりやすく動揺していた。純粋な瞳がゆらゆらと揺れて、彷徨い、やがて俺の元へと帰ってくる。戸惑いがちな両手が肩へと伸びて、緊張した面持ちで静かに見下ろされる。それを無抵抗のまま見上げていると、肩から右の手が浮き、恐る恐るといった様子で頭へと着地した。神妙な顔つきで、ニ、三度髪を撫でられる。何とも言えない不思議な心地でそれを受け入れていると、満足したのか、頭から手が離れ、肩からも手が遠のいてゆく。……終わりか。そう気を緩めた瞬間、ふいに彼女の香りが近づいた。全身を包む温もりと、柔らかな感触。しかし、それはほんの一瞬で、引き留める間もないまますぐに離れてしまう。呆気に取られていると、帽子に貼り付けたお札が、彼女の手によって剥がされる。その奥には真っ赤な顔が覗いていた。いつもの〝降参〟の顔。これ以上は勘弁してくれ、ということなのだろう。剥がしたお札へと視線を落としながら、未だ赤みの抜けない顔で彼女が複雑そうに一言零す。それは、問い掛けと言うより、何か特定の答えを欲しがっているようだった。「んー、まあ、俺お菓子持ってないし、仮装した人が来たら他の人にもするしかないよね」俺が答えると、彼女ははっと顔を上げる。そして、やたらと大量のお菓子が入ったバスケットをこちらへと突き出した。「お、いいの?やった」あどけなく表情を緩めて見せると、彼女は先程よりも一層焦りに顔を歪め、子どもに言いつけるように釘を刺してくる。その様子にくつくつと喉を鳴らすと、口元に弧を描いたまま、建設的な提案を一つ。「そんなに心配なら彩葉もここに居ればいいじゃん」彼女は動きを止め、素直にこくりと頷くと隣に腰を下ろす。小さくまとまってそわそわとしている彼女の口から、独り言のように俺の言葉を反芻する声が聞こえてくる。どうやら普段と違う呼び方が気に掛かったらしいその声は、微かに喜色を滲ませていた。「庶務ちゃんの方が良かった?」分かりきったことを敢えて尋ねると、すぐさま否定が返ってくる。「うん、じゃあ彩葉」普段よく喋る彼女が大人しいからか、俺がそう言ったのを最後に、空き教室を穏やかな沈黙が満たす。遠くから、楽しげな生徒たちの声が聞こえている。「……ところで」凪いだ水面に小石を投げ入れるように、沈黙に接続詞を落とす。彼女がこちらを向き、俺も彼女の方を向く。まだ、今日一番肝心なことを言っていない。悪戯っ子のように口の両端を持ち上げて、呪文のように唱える )
──〝トリック・オア・トリート〟


 /


( 今日はハロウィンの仮装パーティー。仮装した生徒が校内のあちこちに散らばって、他の生徒と交流するイベントの日。生徒会が企画・立案、主催をするイベントのため、生徒会の一員である私も張り切って大量のお菓子を持参した──のだが。どうしてこの人はこうもやる気が無いのだろう。人気のない校舎隅の空き教室で見つけたキョンシー、もとい生徒会長の駿河涼先輩は、まるで動く気がないとでも言うように床と壁に身を任せていた。しまいには、それを裏付けるようにキョンシーの設定を持ち出してくる始末。この企画の実現までに彼の多大なる貢献があったのは紛れもない事実だけれど、毎度この人が生徒代表でこの学校は大丈夫なのだろうかと思わずにはいられない。「あのですね……」何かお小言の一つでも言ってやろう、と口を開くと、同時に口を開いた駿河先輩とぶつかった。「え?」一度では処理しきれなかったその内容に思わず聞き返すと、彼はより丁寧な言い回しでもう一度それを繰り返す。……やっぱり、言った。聞き違いじゃなく、〝好きにしていいよ〟って、言った。理解の後、混乱。彼の意図がまるで読めず、ただうろうろと視線を彷徨わせる。表情を窺うようにちらりと視線を戻すと、目が合う。どこか挑発的な視線に、ゆるりと余裕たっぷりに緩められた口元。……ああ、これは、完全に面白がられている。要するに、駿河先輩は動揺する私を見て楽しみたいだけなのだ。そう思うと、いつもいつも彼のペースなのが悔しくって、ならば今日くらいは一矢報いたいという気持ちになるのが自然な流れ。覚悟を決めると、彼の両肩へと手を掛ける。いつも見上げている相手に今は見上げられていることだとか、先程の台詞も相まって妙に色っぽく見える仮装だとかで、収まるどころか更に煩くなる心臓を必死で押し込めながら、常日頃触ってみたい衝動に駆られるほどさらさらとした髪へと手を伸ばす。遠慮がちに撫でてみても、駿河先輩は宣言通り無抵抗。猛獣を飼い慣らしている気分と言うか、いつもふてぶてしい彼が自分に大人しく撫でられている様がなんだか可愛らしくって、つい新たな欲が湧き上がってくる。……抱きしめたいなあ。緩やかに浮上してきたそれは、みるみるうちに膨らんで、やがて私の心の大部分を占領した。好きな人を前にして、好きにしていいなんて言われて、欲を抑えきれるほど私は我慢強くなかった。頭上から手を退け、元の距離感まで戻る間際、疼く感情に任せて彼を抱きしめる。切なさのせいか、愛しさのせいか、きゅっと心臓が締め付けられて、私には一瞬そうしているのが精一杯で。すぐに勢いよく離れると、キョンシーの動きを制限しているらしいお札を剥がす。もう充分、と言うより、ギブアップの合図だ。きっと今、自分でも分かるくらいに顔が赤い。言及されないうちに話題を逸らそうと、目を合わせないまま言葉を探す。「……これ、他の子にもするんですか」咄嗟に出てきたのは、墓穴を掘るような話題。これではまるで、他の子にはして欲しくないと言っているみたいだ。……実際、して欲しくないけれど。それを知ってか知らずか、駿河先輩の返答は軽い。「もう、もうっ、これ全部あげますから!」半ばヤケクソ気味に、大量のお菓子が入ったバスケットを突き出す。「絶対手放したらだめですからね、ちゃんとあげなきゃだめですからね!」どこまでも呑気な彼に、私の心は騒つくばかりだ。どうしてこんな人を好きになってしまったんだろう、といつも思う。しかし、彼は私のそんな心さえ、一瞬でひっくり返してしまうのだ。当然のように発せられた一言。こんな人気のない空き教室でサボろうとしている彼が、私には一緒に居ていいと、今、そう言った。「居ます……」小さく頷いて、大人しく隣に座る。駿河先輩の隣は、落ち着くようで落ち着かなくて、落ち着かないようで落ち着いた。「……彩葉」ぽつりと、噛み締めるように彼が呼んだ自分の名前を繰り返す。否応なく頬が緩む。彼が好きだと思う。揶揄うように投げられた問いには「彩葉がいいです」と即座に答え、再度呼ばれた名前にまた密かに頬を緩めた。自分でも呆れるほど単純だ。訪れた沈黙の中、ふいに響いた声に彼の方を向くと、ハロウィンのお決まりのフレーズが紡がれる。待ってましたとばかりにお菓子を差し出そうとして、はたと気付く。たった今彼に全てのお菓子を渡してしまったことに。彼の方に目を遣ると、全てを見透かしたような悪戯っぽい三日月型の瞳が、愉しげにこちらを見ていた。静かに息を呑む。一体いつから、どこまでが彼の手のひらの上だったのだろう。底の知れないわるいオバケに捕らえられた私のハロウィンは、ふたりきりの空き教室で、甘い悪戯と共に過ぎて行くのだった )


( / ハロウィンイベントの例のあれ。ヒロイン枠は庶務ちゃん。こういうことがしたかった。これで付き合ってないとか嘘みたいだけど付き合ってない。 )



  • No.2 by 香月 純 / 橋本 環  2021-11-19 01:59:33 




……思ったよりも本格的なんだな。
( もふもふとした獣の耳と尻尾とグローブ、そして歯に直接貼り付けるタイプの付け牙を所定の位置に装着して、狼男に仮装する。今日は学校で行われるハロウィンの仮装イベント。仮装する係に選ばれた時は、学校の用意する仮装なんて大したことないと思っていたけれど、窓に映った自分は想像より様になっていた。これ、環ちゃん何て言うかな。真っ先に浮かんだのは、同じバイト先の彼女のこと。俺を褒めてくれることなんて滅多にない彼女だからこそ、どんな反応をするのかが気になる。他の子に睨まれるのが怖いから、学校では特別な用事がない限りあまり話しかけないでくれと言われているけれど、これは〝特別な用事〟に該当するはずだ。仮装にはしゃぐ生徒たちの応対をしながら、彼女の姿を探して歩く。「環ちゃん」廊下の隅で、このイベントを控えめに楽しんでいるらしい彼女を見つける。廊下からは死角になる曲がり角から声を掛けると、彼女はすぐに気が付いたようで、周囲に目を配りながら近づいてくる。この逢引きのような感じが、見つかってはいけないゲームのようで、実は少し気に入っている。当然出会い頭の褒め言葉なんてあるはずもなく、むしろ何か用かとでも言いたげな視線で彼女が見上げてくるから、俺の方から「どう?」と軽く両手を広げ、小首を傾げて見せる。彼女の一言目は、感想と言うより、ただ見たままを述べただけ。続く二言目は、意外にも褒め言葉だった。あまりにあっさりと褒められるものだから、拍子抜けしてしまう。しかし、更に続く言葉をよくよく聞いてみると、それが褒め言葉ではなく、俺に対する偏見であることが分かる。「まさか。俺は紳士な狼男だから、そんなことしないよ」いつも通りの笑顔を浮かべ、肩を竦めて見せると彼女は怪訝な顔をする。……これは、疑念の顔か、不満があるけど反論できない顔か、どっちかな。まじまじと見つめていると、居心地悪そうに視線を逸らされ、ついでに話も逸らされる。「そのつもりだったんだけど、顔見たらもっと一緒に居たくなっちゃった」他に用事が無ければ一刻も早くこの場から立ち去りたい、というニュアンスが多分に含まれたその言葉に、ストレートな好意の表現で対抗する。「まだ時間ある?」わざとらしく尋ねると、彼女は渋々といった様子で頷いた。ふと、階下から声が近づいてくる。「少し歩こうか」彼女を上階へと連れ出すと、声には同じタイミングで彼女も気付いていたようで、大人しく俺の斜め後ろをついてくる。四階まで上ると、ほとんど人の姿は見えなくなった。校内に響く賑やかな声のせいで余計に寂しさの際立つその廊下を、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。「そこ、お菓子の袋が落ちてるから気をつけて」目の先にまだ少し中身が残っているらしいハロウィンパッケージの袋を見つけて、そっと彼女の方へと手を差し出す。手が重ねられ、彼女が大股で袋を飛び越える。何か考え事でもしていたのか、そこでようやくはっとした彼女は、慌てて手を離し、ベクトルのずれた強がりを口にする。追及すればきっと更にムキになるだろうから、「はいはい」と小さな笑みと共に宥めると、彼女はまたぐっと黙り込んだ。そして、やがてぽつりと、俺への偏見を改めたようだった。今、彼女がどんな顔をしているのかが気になって、顔を覗き込もうとすると反対側に逸らされる。相変わらずの反応に、諦めて顔を元の位置まで戻そうとしたところで、聞こえてきたのは意味深にも取れる台詞。「……それは、俺がこのまま君を奪い去ってもいいってこと?」離そうとしていた顔を彼女の耳元に寄せて、軽い調子ながらも誘うように囁く。そして、そのまま否定する間も与えずやや強引に腕を引き、向かい合わせになる。こちらを向く彼女の瞳は、大きく見開かれていた。普段あまり目の合わない彼女と見つめ合うのは、少し新鮮だ。まず間違いなく、先程の彼女の言葉に俺の言ったような意味は含まれていない。けれど、今重要なのは真意ではなく、いかに上手い口実を見つけて、心を揺らして、俺の存在を意識させるか、の一点に尽きる。こちらの思惑通りに顔を真っ赤に染め、拙い否定の言葉を口にする彼女が面白くて、可愛くて。揶揄うだけのつもりで、キスをする前みたいにゆっくりと顔を近づける。一層焦った様子の彼女が、目を白黒させながら言葉を探す。さて、どう出るかな。半分は好奇心、残りの半分は侮るような気持ちで彼女の唇へと近づいてゆく。そこで、声をひっくり返しながら発された彼女の返答に、ぴたりと動きを止める。「……ふ、はは。あはははっ、そう来るか」本当に、彼女はいつも斜め上だ。これだから構うのをやめられない。ひとしきり笑った後、呼吸を整えるようにゆるく息を吐く。そして、吸うのと同時にゆっくりと目蓋を持ち上げる。そこには、不服そうな、困惑したような、でもどこかほっとした表情の彼女が居て。腕を伸ばして、その飾り気のない髪を耳に掛けると、独り言のように小さく呟いた )
──……なるほど、妬けるな。


 /


( 思ったよりもちゃんとしてる。校内中に散らばる仮装した生徒達を見て、最初に思ったことはそれだった。あまり期待していなかったハロウィンの仮装パーティー。何か一つでも絵のアイデアになるものがあれば、と思って登校したけれど、これは予想以上の収穫になりそう。不用意に近づいて声を掛けられても困るから、控えめに周囲を見回してこっそりと服飾を観察する。少し離れた場所にいる吸血鬼のディテールに目を凝らしていると、ふいに声を掛けられる。声の方を振り向くと、同級生でもありバイト仲間でもある香月純が、いつも通りのあの誘惑的な笑みを浮かべて立っていた。同級生でもありバイト仲間、なんて言い方をすると親しげに聞こえるけれど、目立たない自分と、良くも悪くも目立つ彼が親しいわけもない。バイト中に時たま絡まれる程度の仲だ。そんな彼が一体何の用だろうと、周りに人目がないことを確認しながら用心深く近寄る。じっと彼の用件を待っていると、降ってきたのは簡素な二文字。けれど、それが彼の仮装に対する感想を求められているのだということは分かる。「……狼男だ」頭のてっぺんから足のつま先までを目でたどって、ぽつりとこぼれたのは馬鹿みたいにそのままの感想。感想なんて求められる状況に不慣れで、何か間違えたかもしれない。案の定、目の前の彼も変な顔をしている。とはいえ、この他に言うべきことも見当たらない。「何て言うか、似合うね」正直に告げると、香月くんは更に変な顔をする。「それで女の子たちにガオー、って、食べちゃうぞー、ってするんだ……」容易に想像できるその光景を思い浮かべながら、至極真面目な調子で続けると、彼はようやく変な顔をやめ、否定の言葉と共に肩を竦めて見せた。こんな女の子泣かせの紳士がいるものか、という思いと、〝紳士な狼男〟という言葉の取り合わせの可笑しさに思わず眉を顰めるけれど、無遠慮な視線を注がれるとあえなく敗北。視線を逸らして退散。「それ、見せに来ただけ?」用事が済んだなら早く解放してくれ、という内心を取り繕うこともなくそのまま声に出す。大抵の相手はここまであからさまに拒絶されれば引き下がるものだけれど、何故だか彼は愉しげに口角を上げる。「……は」ぽかんと間抜けに口が開く。彼のこうした言動は初めてではなかったけれど、今日は私しかいないバイト先ではなく学校なんだから、もっと他の子を相手にすればいいのに。彼の考えていることはいつも分からない。仮装の係でもない自分に用事なんてあるはずもなく、恐らくそれを分かり切って聞いている彼の問い掛けには頷く他なかった。階下から聞こえた声から逃げるようにたどり着いた四階には、あまり人がいない。他の人に見られる心配がない安堵感と、彼と二人きりのような緊張感で、いつもとは少し違う感覚だ。こんな時に限って彼の方からも話し掛けてくることはなく、黙々と歩を進める。これは何の時間なのだろう、と落ち着かなく感じていると、目の前に手が差し出される。あまりにもさり気なく差し出されるものだから、「ああ、お菓子の……」なんて彼の言葉を繰り返しながら手を握って、そのまま主張の強いパッケージを飛び越えてしまう。着地数秒後、ようやく重なった手のひらに気がつくと、またさり気なく繋いだまま歩き出そうとする彼の手を振り解くように引っ込める。「い、今のくらい自分で避けられた!」頬がじわじわと熱を持つ。言い訳のように口に出した照れ隠しは、自然な動作に流された不覚を全て彼に押し付けるもので、可愛げの欠片もない。しかし、彼は気を悪くする風でも、傷ついた風でもなく、小さく笑う。それが妙に大人びて見えて、対照的に自分がやけに子どもっぽく思えて、押し黙る。「ありがとう。……本当に紳士なんだね」意気込むだけの間の後、それなりに勇気を出してそう伝えると、彼は何を思ったのか顔を覗き込んでくる。彼のしなやかな髪の先から甘い香りが香って、思わず反射的に顔を逸らした。「……でも」彼に後頭部を向けたまま、この静かな四階でなければ聞こえないほどの小声で続ける。「やっぱり変だよ、紳士な狼男なんて」どうしてこんなことを言ったのか、自分でも説明できない。けれど、何となく、彼には優しくされる方が切ない気がした。顔を背けている格好は、自分の顔も見られないけれど相手の顔も見えない。聞こえなかったのか、怒らせたのか、困らせたのか。何の反応もないことに一抹の不安を覚えた瞬間、ふいに耳の近くで声がして、びくりと心臓が跳ねる。何が起きたのかも分からないまま腕を引かれ、気がついた時には整った顔がやけに近くにある。形の良い桃花瞳に見つめられて、目が逸らせない。永遠で一瞬のような時間、そうして見つめ合っていると、ふいに直前の出来事が理解を伴って脳裏に浮かぶ。「……ち、ちが、」時間差で一気に顔が熱くなって、やっと声に出せたのはそれだけだった。彼はそんな私に構わず、更に顔を近づけてくる。何をしようとしているのかなんて、恋愛関係の事柄に疎い私にだってすぐに分かった。いやそんなまさか、だとか、私とでも少なくとも嫌ではないのか、だとか、やっぱり誰とでもするのかな、だとか、瞬時に駆け巡る言葉たちを押しのけて、口をついたのは屁理屈みたいな逃げ。「い、今のは、香月くんじゃなくて狼男に言ったっ……」香月くんの動きがぴたりと止まって、私も息を殺しながら彼の動向に注目する。すると、彼は何故か突然笑い出す。最初は目を丸くしてその様子を見ていたけれど、いつまでも笑い続ける彼に、そんなに笑われるほどのことは言ってないのに、と少し居心地の悪い気持ちになる。けれど、その表情に、いつも仮面をつけているような彼の素顔を見た気もして、怒る気にはなれなかった。目の縁にうっすらと浮かんだ涙を掬い取りながら、彼はやっと笑うのをやめる。そして、そのまま軽く曲げた人差し指で私の髪に触れた。無意識に身体が強張るけれど、その顔に見たこともないような優しい顔が浮かんでいるのに気が付いて、私は彼のことがもっと分からなくなる。彼は小さく何か呟いた後、波のように引いて行く。何事も無かったかのように歩き出すその横に並んで、ちらりと横顔を盗み見ると、すぐに気付かれて、どうしたの、とでも言いたげな瞳を向けられる。その顔にはもう、いつも通りの誘惑的な笑みが浮かんでいた。その仮面の向こうに触れたい。そう思わせるのも彼の巧妙な演出なのだろうか。あぶないオバケの前では、どうしたって無関心ではいられない。厄介だな、としみじみ思いながら、せめて今日だけは見つかってしまわないようにと、私も取り澄ました顔を貼り付けた )


( / 香月と絵描くタイプの陰キャオタクちゃんのハロウィン。可愛くなくて可愛いがテーマ。この絶妙な距離感が似合うふたり。 )



  • No.3 by 駿河 涼 / 黛 彩葉  2022-02-11 22:40:26 




庶務ちゃん知ってる? キョンシーって、お札貼られてる間は動けないんだって。
( 教室の床に腰を、壁に背を預け、昨日調べたばかりの内容をぽつりと口に出す。今日はハロウィンの仮装パーティー。係として選出された生徒が仮装して、校内の思い思いの場所に散らばっている。かく言う俺も、青地に金刺繍の古代中国の服と、【勅命陏身保命】と書かれたお札をつばのない帽子に貼り付けてキョンシーに仮装していた。「だから、ここから動けないんだよね」俺がそう続けると、彼女は意図を察したように呆れ顔になる。キョンシーの設定は、俺にとっては体のいいサボりの口実だった。お札を貼られて動けないのだから、この人気の少ない場所にある空き教室から出て来られなくても何ら不思議はない。……と、いう設定。そして、彼女の前に限っては、更にもう一つの口実として機能する。それを披露しようと口を開くと、何かを言いかけた彼女と丁度声が重なった。聞こえなかったのか、それとも聞き違いだと思ったのか、きょとんとした顔で聞き返してくる彼女に、もう一度繰り返す。「動けないから、今なら好きにしていいよ、俺のこと」今度ははっきりと届いたのだろう、彼女は分かりやすく動揺していた。純粋な瞳がゆらゆらと揺れて、彷徨い、やがて俺の元へと帰ってくる。暫しの葛藤の末、どうやら申し出を受けることにしたらしい彼女の戸惑いがちな両手が肩へと伸びて、緊張した面持ちで静かに見下ろされる。それを無抵抗のまま見上げていると、肩から右の手が浮き、恐る恐るといった様子で頭へと着地した。神妙な顔つきで、ニ、三度髪を撫でられる。何とも言えない不思議な心地でそれを受け入れていると、満足したのか、頭から手が離れ、肩からも手が遠のいてゆく。……終わりか。多少の物足りなさを感じつつも、自分の言動に心揺り動かされる彼女を見られたからだろうか、不思議と満足感はあった。一瞬の表情さえも見逃さないようにとじっと捉えていたその顔から、やっと視線を外す。気を緩めた、その瞬間。ふいに彼女の香りが近づいた。全身を包む温もりと、柔らかな感触。しかしそれはほんの一瞬で、引き留める間もなくすぐに離れてしまう。呆気に取られていると、帽子に貼り付けたお札が彼女の手によって剥がされ、その奥から真っ赤な頬が顔を覗かせた。いつもの〝降参〟の顔。これ以上は勘弁してくれ、ということなのだろう。剥がしたお札へと視線を落としながら、未だ赤みの抜けない顔で彼女が複雑そうに一言零す。それは、問い掛けと言うより、何か特定の答えを欲しがっているようだった。「んー、まあ、俺お菓子持ってないし、仮装した人が来たら他の人にもするしかないよね」俺が答えると、彼女ははっと顔を上げる。そして、やたらと大量のお菓子が入ったバスケットをこちらへと突き出した。「お、いいの?やった」あどけなく表情を緩めて見せると、彼女は先程よりも一層焦りに顔を歪め、子どもに言いつけるように釘を刺してくる。その様子にくつくつと喉を鳴らすと、口元に弧を描いたまま、建設的な提案を一つ。「そんなに心配なら彩葉もここに居ればいいじゃん」彼女は動きを止め、素直にこくりと頷くと隣に腰を下ろす。小さくまとまってそわそわとしている彼女の口から、独り言のように俺の言葉を反芻する声が聞こえてくる。どうやら普段と違う呼び方が気に掛かったらしいその声は、微かに喜色を滲ませていた。「庶務ちゃんの方が良かった?」分かりきったことを敢えて尋ねると、すぐさま否定が返ってくる。「うん、じゃあ彩葉」普段よく喋る彼女が大人しいからか、俺がそう言ったのを最後に、空き教室を穏やかな沈黙が満たした。遠くから、楽しげな生徒たちの声が聞こえている。「……ところで」凪いだ水面に小石を投げ入れるように、沈黙に接続詞を落とす。彼女がこちらを向き、俺も彼女の方を向く。まだ、今日一番肝心なことを言っていない。悪戯っ子のように口の両端を持ち上げて、呪文のように唱える )
──〝トリック・オア・トリート〟


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( 今日はハロウィンの仮装パーティー。仮装した生徒が校内のあちこちに散らばって、他の生徒と交流するイベントの日。生徒会が企画・立案、主催をするイベントのため、生徒会の一員である私も張り切って大量のお菓子を持参した──のだが。どうしてこの人はこうもやる気が無いのだろう。人気のない校舎隅の空き教室で見つけたキョンシー、もとい生徒会長の駿河涼先輩は、まるで動く気がないとでも言うように床と壁に身を任せていた。しまいには、それを裏付けるようにキョンシーの設定を持ち出してくる始末。この企画の実現までに彼の多大なる貢献があったのは紛れもない事実だけれど、毎度この人が生徒代表でこの学校は大丈夫なのだろうかと思わずにはいられない。「あのですね……」何かお小言の一つでも言ってやろう、と口を開くと、同時に口を開いた駿河先輩とぶつかった。「え?」一度では処理しきれなかったその内容に思わず聞き返すと、彼はより丁寧な言い回しでもう一度それを繰り返す。……やっぱり、言った。聞き違いじゃなく、〝好きにしていいよ〟って、言った。理解の後、混乱。彼の意図がまるで読めず、ただうろうろと視線を彷徨わせる。表情を窺うようにちらりと視線を戻すと、目が合う。どこか挑発的な視線に、ゆるりと余裕たっぷりに緩められた口元。……ああ、これは、完全に面白がられている。要するに、駿河先輩は動揺する私を見て楽しみたいだけなのだ。そう思うと、いつもいつも彼のペースなのが悔しくって、ならば今日くらいは一矢報いたいという気持ちになるのが自然な流れ。覚悟を決めると、彼の両肩へと手を掛ける。いつも見上げている相手に今は見上げられていることだとか、先程の台詞も相まって妙に色っぽく見える仮装だとかで、収まるどころか更に煩くなる心臓を必死で押し込めながら、常日頃触ってみたい衝動に駆られるほどさらさらとした髪へと手を伸ばす。遠慮がちに撫でてみても、駿河先輩は宣言通り無抵抗。猛獣を飼い慣らしている気分と言うか、いつもふてぶてしい彼が自分に大人しく撫でられている様がなんだか可愛らしくって、つい新たな欲が湧き上がってくる。……抱きしめたいなあ。緩やかに浮上してきたそれは、みるみるうちに膨らんで、やがて私の心の大部分を占領した。好きな人を前にして、好きにしていいなんて言われて、欲を抑えきれるほど私は我慢強くはできていないようだ。頭上から手を退け、元の距離感まで戻る間際、疼く感情に任せて彼を抱きしめる。切なさのせいか、愛しさのせいか、きゅっと心臓が締め付けられて、私には一瞬そうしているのが精一杯で。すぐに勢いよく離れると、キョンシーの動きを制限しているらしいお札を剥がす。もう充分、と言うより、ギブアップの合図だ。きっと今、自分でも分かるくらいに顔が赤い。言及されないうちに話題を逸らそうと、目を合わせないまま言葉を探す。「……これ、他の子にもするんですか」咄嗟に出てきたのは、墓穴を掘るような話題。これではまるで、他の子にはして欲しくないと言っているみたいだ。……実際、して欲しくないけれど。それを知ってか知らずか、駿河先輩の返答は軽い。「もう、もうっ、これ全部あげますから!」半ばヤケクソ気味に、大量のお菓子が入ったバスケットを突き出す。「絶対手放したらだめですからね、ちゃんとあげなきゃだめですからね!」どこまでも呑気な彼に、私の心は騒つくばかりだ。どうしてこんな人を好きになってしまったんだろう、といつも思う。しかし、彼は私のそんな心さえ、一瞬でひっくり返してしまうのだ。当然のように発せられた一言。こんな人気のない空き教室でサボろうとしている彼が、私には一緒に居ていいと、今、そう言った。「居ます……」小さく頷いて、大人しく隣に座る。駿河先輩の隣は、落ち着くようで落ち着かなくて、落ち着かないようで落ち着いた。「……彩葉」ぽつりと、噛み締めるように彼が呼んだ自分の名前を繰り返す。否応なく頬が緩む。彼が好きだと思う。揶揄うように投げられた問いには「彩葉がいいです」と即座に答え、再度呼ばれた名前にまた密かに頬を緩めた。自分でも呆れるほど単純だ。訪れた沈黙の中、ふいに響いた声に彼の方を向くと、ハロウィンのお決まりのフレーズが紡がれる。待ってましたとばかりにお菓子を差し出そうとして、はたと気付く。たった今彼に全てのお菓子を渡してしまったことに。彼の方に目を遣ると、全てを見透かしたような悪戯っぽい三日月型の瞳が、愉しげにこちらを見ていた。静かに息を呑む。一体いつから、どこまでが彼の手のひらの上だったのだろう。底の知れないわるいオバケに捕らえられた私のハロウィンは、ふたりきりの空き教室で、甘い悪戯と共に過ぎて行くのだった )


( / 久々に読み返してみたらわりとよく出来ていたので>1の手直し。 )



  • No.4 by 好きだなんて言わないで  2022-04-11 01:41:43 




その日は土砂降りだった。

大好きな彼氏に振られた直後で、駅の階段の下に蹲って人目も憚らず泣いていた。
おまけに、それなりに酔っていた。

「 うわ、何やってんの 」

突然降ってきた声に顔を上げると、友達の彼氏がこちらを見下ろしている。

「 うるはい、どっか行って…… 」

私はそいつのことが嫌いだった。
友達をいつもいつも泣かせている、浮気症の屑だ。

「 そういうわけにもいかないでしょ、ここで置いて行ったらゆきに何言われるか分かんないし 」

面倒くさそうな溜め息が聞こえてくる。

「 ほら、住所言える? 酔っ払い 」

「 あ── 」

「 うん? 」

「 あんたに教えるわけないれしょー! 」

ばしばしとそいつを力の限り叩く。
こんなところをこんな奴に見られたくなかったし、八つ当たりもあった。

「 あーもーーー 」

一段と面倒くさそうな声が発される。しかし、そいつは避けることも止めることもしなかった。
私が疲れて叩くのを止めると、

「 気は済んだか? 」

とだけ聞いてくる。
わけもわからず涙が頬を伝って、止めようとすればするほどとめどなく溢れてくる。

「 ……女ってすぐ泣く 」

目許を撫でる親指の感覚。
同時に吐かれた最低な台詞は、台詞のわりにどこか優しかった。

そこからの記憶は無い。
そして、次に気がついた時には、私は知らない部屋にいた。



  • No.5 by 駿河編  2022-05-15 20:30:55 




その人は、一階渡り廊下、自販機横のベンチにいた。
降り積もる雪を眺めながら、缶のホットココアに口をつけている。

「 駿河先輩……! 」

私が名前を呼ぶと、彼は横目でこちらを向く。
息を切らす私を見て、彼は一言、

「 見つかった 」

と言うと、少しほっとしたような顔をした。



  • No.6 by    2022-05-29 00:50:34 




( 「計算が合わないんだ」と彼は言った。私に向けて言ったというよりは、独り言のような調子だった。そして、彼が大きな独り言を呟くことは、特段珍しいことでもなかった。「計算が合わないんだ」彼はもう一度言った。「君と僕が同じ世界に存在できるはずがないんだ」伏せられていた彼の目が、私を捉える。何のことだ、と私は訊かなかった。彼の言うことはいつもよく分からない。ただ、彼は何か難しいことを考えているようで、本当は何も考えていないのだということだけ分かっていた。彼は空を見る。私は彼を見ている。「僕たちは何を犠牲にしたんだろう?」遥か上空を見つめる彼の瞳が、僅かに揺らぐ。悲しげだ、と思った。それは、きっと、悲しいことでも何でもないはずなのに。彼はいつも悲しい。出会った頃からずっと、何も、変わらない。 )
私たちは、何も犠牲になんてしていない。この世界には当たり前にあなたと私がいて、他の世界にあったものがここには最初からなかっただけ。……あなたは、どうして、それを受け入れることができないの。



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