冷蔵庫の男

何者にもなれる此処でさえ死ぬことはやたら難しい。大概世界が先に死ぬ。俺達は冷蔵庫の女にすらなれない。

玄関開けたらサトウのごはん。冷蔵庫開けたら輪切りの美男。

背後を指す言葉の一つに臓物があるらしい。誰々さんの臓物様。内臓よりお声掛け失礼します。そんな会話が飛び交う肉々しい界隈は何処だ。

賞味期限の短い生涯を送ってきた。

欲しいのは友人でも恋人でもなく、夜明けにラーメンを啜る共犯者。

アイスクリームに賞味期限は無いという。末代まで見守ってやろう。

滅びゆく世界を傍観するハーゲンダッツ。

人間の幸福は野菜室に含まれるしいたけの総量に比例する。

静謐な夏の夜は死に、亡骸にさんざめく虫の湧く秋。

使うあてもないくせに捨てるのも忍びなく、冷蔵庫の隅で腐るのを待っている。あのセロリにシンパシーを禁じ得ない。

俺もいつか誰かのセロリであった。ひと思いに捨ててくれとは願いつつ、食い物を粗末にするバツの悪さを慮れば黙って腐ってやる他ない。

思慮深き生ゴミに幸あれ。