時の旅人 2019-04-11 22:06:09 |
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遅くなっちゃいましたね~…取り敢えず、短編一丁!
※タイトル募集中
「ウフフー、今日も空気は美味しいし、空は雲一つさえ無い!
素敵な日になる気がしますネ~♪」
小さな診療所の扉を開け放ち、一人の医師は…私は、外に出る。
2mを優に超えた身長、頭を覆う紙袋、背からでも存在を主張する
巨大なメス…奇抜な外見とは裏腹に、患者に対して真摯に接する、
そんな医師。そんな私は、『Closed』の看板を扉に掛け、次に
巨大な扉を召喚すると、そのノブに手を掛けた。
「…アナタと初めて出逢った日を、思い出しますネェ」
ポツリと呟いて、扉を潜る。その先の空を仰ぎ見れば、
満天の星が広がっていて。感嘆の息を吐いて、白衣の内に
隠し持っていた、多くの華を散らした。
「戻って来てくれませンかネェ…__さん」
眼を閉じれば、愛しい彼女の姿が脳裏に浮かぶ。何時か
幻聴までもが聞こえて来るのではないだろうか。
『先生!今日は何処に遊びに行きますかー!』
眼を開けば、彼女がそこに居るような気がして、薄ら眼を開く。
当然、誰も居る筈がなく、私はこの広い場所に一人立っている。
「嗚呼…あの時、私がアナタを守れてさえいれば…今も私の隣で、
笑ってくれてたンですかネ……」
深淵と対峙したあの日、あの子はその儚い命を散らした。
彼女の紅い血が舞う様が、今も瞼の裏に焼き付いて離れない。
…私が殺したも同然の彼女。なのに、私は彼女と再会する事を
夢見ている。願っても、還る事は無い彼女。
紅い花弁が舞い散る夜空を見上げ、遠い昔の記憶を呼び覚ます。
その空に狂い咲く星が、全て消えたら。そこは、真黒に
染まるだろう。彼女の命を奪った深淵の如く。
もう存在しない男の顔を思い出した。消えた筈の胸の刻印が、
痛みを訴える。背負っていた巨大メスを手に取って、滅茶苦茶に
振り回せば、多少は気が紛れた。が、一度思い出せば、それは
数多の林檎の中に紛れた、腐った林檎の如く、私の心を黒く
塗り潰して行く。
「っ…あの男さえ、居なければ…こんな、事には…」
こんな事にはならなかった。そう言おうとして、
唇を噛み締める。何故なら、あの男が居なければ、私と彼女は、
決して交わる事も無かっただろうから。つまり、あの男が全ての
ヒトの運命を左右していた。あの男が運命を左右していたから、
彼女と出逢えた。あの男が運命を左右していたから、彼女と
離別した。嗚呼、アナタに会いたい。その華奢な身体を
抱き締めて、頭を撫でてあげたい。
私が物思いに耽っていると、不意に後ろからヒトの気配がした。
初めて感じる気配、しかし、確実に私の方に向かって来ている。
おかしいですね、ココは無名の境地…誰も来ないと
思ったんですが…
私の後方5m程で止まる気配。振り向き様に巨大なメスで
斬り付けようと思い、それを握る手に力を込めた。
刹那、気配の持ち主は駆け出た。私の腰に、細くて白い腕が
回される。懐かしい声が、辺りに響いた。甘く愛らしいその声に、
脳髄が溶けるような感覚さえ覚える。
「……先生、ただいま」
「…一体、何年待たせるンですか。全く…」
私が散らした、アマリリスの花弁が、風に吹かれて
彼方へと消えて行った。
「…繰り返す輪廻転生、冥府の道。我の術式は、そう簡単に
解ける事は無い……我は深淵、我は異形、我は名状し難き者……
僕を増やすべくして、今日も漂う、常世の狭間……」
幸せの余韻に浸っている医師が、遠くより己を見詰めている
複数の眼に気付く事は無かった。
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