◆ 2018-04-03 00:00:02 |
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>Noah
(惚れ込んだ音の前では仕出かした愚行は一瞬にして頭の隅から完全に消え失せ、瞼を伏せては歓喜のあまり吐息を漏らし、一定の間隔で魅了し続ける愛おしい演奏に入り浸り。畏れもなく純粋なままで過ごせる理想の舞台の中で唯一気に喰わないのは、言いつけを守らず癇癪を起した悪餓鬼が駄々を吐き散らすように、騒音をたらたらと流し続ける己の音。調律を狂わしかねない回路からの悲鳴に耳障りに駆け続ける鼓動、それだけでも顰蹙すべきものであるというのに、妙な熱までもが彼の音だけに酔いしれる一時に水を差す。内に募る鬱憤で心がざわつき始めるも赦しを施す手によって背と頭が宥められては、もっとと乞う我儘すら解かす懐へと預けたままの身を抱き寄せられ、ぶるりと反応を示しながら彼という鳥籠に閉じ込められて。もし憐れな愚者を外界へ曝さぬように縛り付ける鳥籠が、今まさに包まれている空間と同等のものならば、喜んで外の世界への未練を静めることも出来ただろう――貪欲で在り続ける限りは泣き喚くだろうが。些か自由が利かない代わりに先より良く聞こえる音に加えて、肌で感じる安らぎに改めて陶酔し掛けた矢先、告げられた告白に現実へと引き戻されては閉じた瞼を持ち上げる。…今し方彼が零した一言は己が口にしたのと同じ形をしているのに、心に受けるそれを注がれる立場に転じただけで、似て非なるものと別格に思えてしまう。欠陥品ではあるもののこれでも演奏家の端くれ、そこに課せられた役目が創り上げるだけでなく汲み取るのも含まれるならば、彼が奏でる音に秘められた想いに応えるのが礼儀。暗闇の底に沈め閉ざした向こう側から早くと言わんばかりに、忙しなく扉を叩かれ返答の形を急かされるも、今回ばかりは緩み許さず雁字搦めに鎖を掛け直す。背けず向き合うことが正解であると頭では理解していても、実行に移すだけの度胸がこの小心者には足らず、喉元まで出かかった代物を呑み込み茶を濁し。描いた弧を崩さずに逸らす視線も恐れを隠し平静を装う声色も、すぐ仮面の下に出る癖を見破られなければと話をすり替えようとするものの、浮かされた熱も相俟ってか己でも気づかぬうちに当てたままの手は意思に反して彼の胸元をきゅっと握っていて。)
……、……また、そういうこと言って……。僕なんかより、そういうのは…本当に必要な相手に取っておいた方が良いよ。……ねえ、それよりこの匂い…何か持ってきてくれたの? 朝から何も食べてなかったし、喉もカラカラだし…早く口にしたいな。――…だから、早く離して。
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