狐の面 2018-01-25 01:28:10 |
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一人待ち侘び其の時間、長き生にも満たぬもの。
然らば苦にもならぬ物を、優しさを知る故に苦とした貴方が如何許り恨めしき者か。
____斯様に、心奪われし狐が独白なる。
折角余生を譲り受けたんだ。引き換えに、きみが望むならば喜んで騙されよう。狐の役目は化け騙しと昔から相場が決まってるだろう。吁…別に、きみを化け狐同等と侮っている訳じゃあ無いぞ?聡明で繊細な言の葉を扱う者、と云う認識だ。───話が随分と逸れたな、遠廻り途を選ぶのはおれの悪癖やも知れん。先ずは、素敵な部屋を拵えてくれて有難う。迚も居心地の良い場所だ。
化かされたいなぞ殊勝な欲でもお持ちならば直ぐ様に叶えて見せましょうぞ。扨、幾万の星すら我が物にする貴方様のお好みを教えて下され。
___っと、狐めとした事が、紡ぎ得た縁に喜び勇み何とも礼儀に欠く事を。此方こそお声掛けにご移動、感謝致しまする。お足元の暗い中、転けはせぬかと狐めは心配で心配で…何度迎えに行こうかとした事か…なあんて。
甘い其のお言葉一つ一つを此の耳は確りと拾っておりまする。唯少しばかり気恥ずかしくなる事も惜しげも無く仰いますので…。 貴方様に比ぶれば私の言葉なぞ童の遊びと相違ないもの。歯の浮く台詞は狐めが貴方様と然り言葉を交わせる様になった暁に、等と__少し役が過ぎましたかな。
如何せん若輩者のおれに、天井の綺羅星を我が手に等到底無謀に思えるなあ。然しきみに化かされるのも一興。機会が此方に爪先を向けたら、一度乞うてみようか。…なんてな。ははあ、出迎えに狐とは真新しい。転けはしないさ。夜色に融けるが如き彩の此の双眸は、誠に便利な事で随分と夜目が効くんだ。
ふは、こんな稚拙な羅列が甘い台詞なぞと驚愕したぜ。…吁、そう告げられど悪い気はしない。否々、役が過ぎた何て謙らないでくれ。何時ぞやかきみの詞で甘ったるい台詞を聴いてみたいな。
扨、きみと言の葉を酌み交わすのが余りにも楽しくて忘れる処だったが、折り入って訊きたい事柄が在る。おれの背景を指し示すべきか、と云う無粋なものなんだがね、互いに謎めいた侭でも、其れを紐解く如き戯れが出来て好いと思うが、きみがどう考慮しているか聴かせてくれやしないかい。
望まば直ぐに差し上げますのに、何とも酔狂なお方でありまする。其れでは貴方の口から出た科白、忘れた頃に爪先を向けて差し上げましょう。
何とこれは無用の長物でしたな。引き込まれそうな程に美しき闇夜の瞳、此の狐めも映して欲しいなどと言っては… 、 ねぇ。
ご存知の通り長らく言葉すら忘れる程の時を刻んだ此の身には、貴方様の言葉が大層甘く、そして可愛らしく聞ゆるもの。我が耳は少しばかり正直者でして、ついゝ反応してしまうのです。__はて、狐めは油揚げは好きですが、甘ったるいものにとんと無頓着。貴方様のご期待に添えるか如何か。
__此れは此れは申し訳有りませぬ。私めも余りに心地良く、つい本題を失くしてしまう処。扨お話せねば成らぬのは、私めは如何せん唯の案内人相違ないものである事。
其の場凌ぎに創られた幻想相違なく、故に貴方様の望む者とは何時でも交代できる事。此方は覚えておいて下され。
謎を演ずるは私達であり、そうでは無い…と、随分人間らしい事を申し上げましたが、何方にも興味は津々。貴方様に委ね置きましょうぞ。
此方からも一つのみ尋ねたい事が御座いまして。先程申し上げましたが、私は案内人である事に変わりは有りませぬ。貴方の望む世界と作り上げたい物語。其の断片のみで構いませぬ、如何か狐めに教えては頂けませぬか?
多少頭の螺子を緩く締めて置いた方が、俗世は楽しめると思っているのでね。吁、是非共其の様に頼み申し上げたい。あなや、きみは随分と洒落た詞を零すなあ。きみが一声願えば、今や夜目が効く伽藍堂の瞳かて森羅万象を映す鏡にもなるさ。
きみなら心配要らないと思うがなあ。…成程。矢張り油揚げが好物と来たか。その内其奴で、きみを釣り上げて見せようか。
おれに委ねるとならば、互いに謎を召した侭にしよう。言葉を酌み交わしゆけば相手の身の内を知る…、面白味が有ると思わないかい。
おれの望む世界や物語を披露する前に、一先ずはきみに頼み事が在るんだ。告白のやうで何分小っ恥ずかしいが、狐面のきみを甚く気に入って仕舞ってね。差し支え無ければきみと物語を紡ぎたい。問いに関する此方からの答えは、之が否か応かに因りけりだな。明確な解答に成らずして申し訳ない。
何とも尤もな考え方でいらっしゃる。____無論、其の為にはこの狐めを貴方が忘れる程遠き日までお側に置いて下さるのでしょう?、なんて。
森羅万象と、その様に沢山の物を映されて仕舞えば私めは嫉妬してしまいまする。…狐めの嫉妬は海も山も越えたその先よりもっと深い物となりましょう、なぁ。
然らば貴方様の望む事、出来る限りのご尽力は致しましょう。油揚げ!なんと物で釣って下さるのならば其れこそ僥倖。貴方様の為で厭う物など何一つ有りませぬ。
夜を掻き分けても有るのは暗闇のみ…其れでも私めは貴方様の容を捉えて見せましょうぞ。幾ら貴方が望まぬとも、必ず。
__此れは此れは、何とも恥ずかしい吐露を。…全く以って貴方様は、狐めの心を奪い慣れていらっしゃる様で…何とも何とも。
そのお答えに否と申す者など人っ子一人…狐っ子、一匹おらぬでしょう。唯一つ、私めを見失わぬと約束してくれるのならば、首肯する事は厭いませぬ。
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