風人 2016-11-02 05:15:58 |
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「田口先生にウソをつかれるようになったら、いよいよお迎えは近ろうもん」
すべてを悟っている相手に、中途半端な慰めは意味がない。俺は今日の訪問目的を果たすことにした。
「実は今日、美智さんに聞きたいことがあって、ここに来たんだ」
いきなり美智はがばりと、元気よく上半身を起こす。
「田口先生がワシに聞きたいこと?よかろうもん、何でも答えちゃる」
「何で急にそんな元気になるんです?」
「すみれのヤツが言ったことだで。人は病人でも、誰かの役に立てるなら、死ぬ間際まで働かなくちゃダメなんだろうもん」
その言葉に胸が熱くなる。
すみれの言葉が、いのちの火が消えかけている患者の口から蘇り、俺に手渡される。
すみれが生きている可能性は低い。
だが、すみれは美智の中で、今も生きている。
碧翠院桜宮病院。死を司る病院だと言われていたその病院で、すみれは末期患者を集めて企業を作り、自立させようという独自の試みをしていた。俺は、そのトライアルを遠くから興味深く眺めていた。
ケルベロスの肖像/田口公平、高原美智/海堂尊
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