風人 2016-11-02 05:15:58 |
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高階病院長は窓から遠く、海原を見た。
「昔、あの岬に桜の樹を植えようとした人がいた。私はそれを引っこ抜いた。それが正義だと信じていました。でも、長い時を経て今、自分の間違いに気づいたのです」
その話は以前も桜宮岬で耳にしたことがある。あの時は詳しく聞けなかったが、今なら聞ける気がした。
「桜の樹とは何のことですか」
「スリジエ・ハートセンターという大輪の花です。私はあの時、夜空に燦然(さんぜん)と輝くモンテカルロのエトワールを、地に叩き落としてしまったのです」
天才心臓外科医、モンテカルロのエトワール、天城雪彦。
天城先生が創設しようとした心臓疾患センターが頓挫したことを、速水はとても残念がっていた。時を経て救命救急センターのセンター長に就任した時、スリジエではなくオレンジになったが、桜宮に一本、大樹を植えることができたと喜んでいた。
「それはたぶん大丈夫です。速水のヤツがオレンジ新棟のトップに就任した時に、オレンジはスリジエの生まれ変わりだ、と言っていましたから」
「そうですか、あの速水君がねえ……」
高階病院長は、深いため息をついた。
ケルベロスの肖像/田口公平、高階権太/海堂尊
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