雪風 2015-06-07 23:36:40 |
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そう口にした瞬間に思い起こす。
仔猫にとって、この家に来ることは幸せなのか?
仔猫には視力がない。
僕は昼間は学校に行く。
その間、仔猫は離れで独りで過ごすことになるが、それは危険度が高い。僕がいない間は母屋に預かってもらうしかない。飼うには家族の協力が必要不可欠だ。
仔猫を飼うこと。それは僕だけの問題ではないのだ。
あの仔猫を積極的に飼いたいと思うのは僕だけだ。
お父さんとお母さんは反対していないだけ。
結衣はお父さんに説得されても、協力は望めない。
僕の意見を通して仔猫を飼えば、結衣は確実に面白くないだろう。
頼めばお母さんは協力してくれるとは思う。
でも、結衣に睨まれながら仔猫の世話をさせるわけにはいかない。
僕は結衣に卑屈にはならない。遠慮もしないと決めた。
でもお母さんはその覚悟はあるだろうか。
僕の様に離れにいるのではなく、母屋で結衣と一緒に暮らすお母さんは、僕とは状況が違う。
「でももう、仔猫のことはいいんだよ。」
そう僕の口は言った。
「どうして?」
お母さんは、小首を傾げる。
「仔猫は目が見えないんだ。簡単な覚悟では飼えないよ。僕はよく考えもしないで仔猫が飼いたいと言ってしまった。そのせいで、お母さんに迷惑をかけてしまったと思っている。」
最初から仔猫を飼うのは無理があったということに気づくのが遅かった。
お母さんは僕の言葉を聞いて、表情に哀しそうな影を仄かに出す。
僕は何か間違えたのかもしれない。でも、それは考えないことにした。
「それより、お母さんに聞きたいことがあるんだ。」
「何?」
「お母さんはお父さんのことが好きで再婚したんだよね。」
お母さんは笑顔になる。しかし、その笑顔はどう表情を出すべきなのか困った笑顔だろう。
「何よ、急にそんなこと。恥ずかしいわ。」
「ごめん。でも聞きたいんだ。」
「そんなこと聞くまでもないでしょう。決まってるじゃない。」
お母さんははにかみながら答えた。
その答えで充分だ。その本当に恥ずかしそうな表情で理解できる。
だからこれから僕は思う様に生きられる。
これからお母さんはお父さんと生きていく。そして、結衣の母親になるのだ。
そういうことだ。
「高校を卒業したら独り暮らしをしようと思うんだ。」
お母さんがどんな反応をしても揺るがない覚悟で言った。
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