匿名ゆき 2014-11-23 17:15:10 |
通報 |
使命感
最近,私は既存の概念に愛を注ぐことを許されていないのだと思うようになった.
既存の理論,既存の音楽,既存の文学.
何か新しい概念を生み出さなくてはならないという強迫的な観念に支配されている.
同時に,解放感を求めることもある.
自分にさよならを告げることのできる場所を探し求めて歩いている,散歩とはそういうものである.
其処彼処に在る既存物が一つの表現を指示しているが,私はそこに新たな価値を付与しようとしてしまう.
指示詞は私にとっては何時でも可能性を帯びた流体であるから,国語や英語の試験は苦手だった.
正解でなくてはいけない理由が分からなかった.
きっと道理は存在しない,正解を求められていることは分かった.
欄外に書けば正解でも注意され,世の中は例外に厳しいのだと思い知る様になった.
一つの規範に描かれている人間像に従う人間が正しいとされているが,その規範が正しい保証はどこにもない.
だから自ら破りに行こう,というのは論理の飛躍である.
生きづらさを感じながらも,ある程度は嗜みを忘れず人と同じようにしていないと,箱の中に閉じ込められてしまう.
自分のしていることは間違いなく価値があることだと思っている.
私が直感で確信したものは,間違いがないと思っている.
しかし,そんなことをここに書き連ねる自分は何とも気持ちの悪い存在だと思う.
思考がまとまらず,支離滅裂な内容だし.
その価値は金銭的なものでもないし,学術的に優れたものでもない.
それでも価値があると思っている.
本当に無価値ならつらいと思うことは,きっとない.
つらい.
トピック検索 |