匿名ゆき 2014-11-23 17:15:10 |
通報 |
生存
その日は少し気が抜けていたのかもしれない.
金切り声を上げて倒れこむ二台の自転車と,鈍痛.
咄嗟に僕は謝った.
僕には自分に非があるか考える前に,取り敢えず謝ってしまう癖がある.
そして次に,自分に非が無いからといって相手に非があるとも限らないと考えてしまう.
空間の秩序が崩壊しそうな雰囲気を察すると,先ずはその空間から整えることを意識してしまう.
結局,僕が悪いか,誰も悪くないかの二択になってしまうのだ.
僕が悪かったのだろうか,悪かったとして何が悪かったのだろうか.
存在していることか?
返ってくるのは,気を付けろという怒鳴り声だけだった.
僕から何か言い返すことはない.
僕は自分が電柱ならよかったのにと思いながら,過ぎ去っていく自転車を後にした.
別に電柱を単なる意思のない物体として扱っているわけではない.
実を言うと僕は電柱が羨ましいぐらいなのだ.
何処までも張り巡らされた黒い籠目で空を,自然を割き,人の心を結びつける重要な役割を担っている.
何気ない地上の中で常に意識されない存在だが,確かに存在しているのだ.
樹頭にのみ枝を持ち葉を持たない灰色の木の上で,夕陽を浴びて鳴く籠の中の鴉.
十字路の真ん中に敷いてあるマンホールの溝が作る僅かな影.
用途不明の記号.
僕らが普段吸っている大気にも,意識できないだけで無数に多くの実在が含まれているのだと誰かが話していたのを思い出す.
存在していても,何も言われたりしない.
勿論僕も何か言うつもりはない.
こんな日は思い切って公園で過ごすのも悪くない.
いや,きっとその日,僕は公園に行かなければならなかったのだと思う.
鉄棒の角に出来た蜘蛛の巣は,昨日の雨粒を首飾りみたいに並べている.
蜘蛛も蜘蛛の巣も苦手だけれども,その首飾りが僕には少し美しく見えた.
蜘蛛の巣に滴る雨雫に指先をあてがい,それを擦り?けた皮膚に塗りつける.
癒えた気分はしないし,癒えるとも思っていないけれども,その透明な雫は少しだけ僕の生を満足させた.
人は僕のしていることを見ると,殆どの人は無意味なことをしていると言う.
意味があることだけはするのか.
意味が無ければ何もしないのか.
意味が無いかもしれないことをし続けるのは,それほど可笑しなことなのか.
可笑しいのかもしれないが,きっと僕はそういう人間で,そういった選択肢を取り続けてしまうのだと思う.
下らない,下らないと言いながら,階段を上ってしまうのだと思う.
終わりのない階段だろうが,飴細工で出来た階段だろうが,雲で出来ていようが,関係ないんです.
あぁ,僕は大気に含まれる実在のように,対象の存在性を責めない透明な存在になりたかったのかもしれない.
トピック検索 |