風人 2016-11-02 05:15:58 |
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その瞬間、ニューヨークは前日の午前五時だった。
FBIとCIA----どちらもたどり着くことのできなかった、トランプ・タワーの四十四階の例の部屋で、小さな物音がした。
“監視人”がいなくなってがらんとしたその室内で、巨大な柱時計の振り子が停止した。
時計の正面を覆ったガラスカバーが開き、大きな文字盤が外れて時針とともにごとりと床に落ちた。ニューヨークは相変わらずの猛暑で、いつものくすんだ夕陽が落ちた文字盤を赤茶色に染めた。
外れた文字盤の奥には、直径二0センチほどのきれいな水晶が収められていた。半透明のの水晶の内部で、水色の液体が微かに揺れている。
大垣の危惧は的中していた。
概容書の残り三十ページのある部分に、この大時計の内部構造が出ていたのだが、その部分は、誰にも読まれることなく、島とともぬ太平洋の底に沈んだのだ。
それは、この部屋を借りていた“監視人”たちすら知らない最後の切り札だった。どうやら、概容書の最後の三十ページと同じ内容のデータは、“監視人”がこの最終兵器に無闇に頼らないように、彼らの脳にすら記憶されていなかったらしい。異星人たちはよほど慎重かつ臆病な性格だったらしく、“監視人”がすべて死に絶えたあとの不測の事態にまで想定していたのである。皮肉にも、この巨大な柱時計を、“監視人”たちはそうとは知らずに一万年の間持ち歩き、引っ越すたびに律儀に移動させていたのだ。
文字盤の奥の水晶は、ガイアーの体内にあったそれ(傍点)とまったく同じものだった。マーズの死を察知した柱時計の内部で、起爆装置のスイッチが作動した。細い棒状の起爆装置は、ハンマーのように水晶の表面を突き破り、中の液体に触れると小さな火花を放った。
太陽系に浮かぶこの星に、終局は実に呆気なく、音も立てずにやってきた。
午前九時三十分
その年の八月三日----。
地球の歴史は終わりを告げた。
(小説『マーズ』/原作 横山光輝 著 十川誠志/朝日ソノラマ)
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