北風 2016-09-11 16:47:48 |
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「先ず状況を整理しよう。昶、頼む」
鴫羽さんの言葉に昶くんは頷き、着ているパーカーのポケットから携帯を取り出した。
「えーとね、昨日蛍ちゃんを拐ったのは『安河山会』ってトコの会員。お察しの通り、まあそっち系の人達だよ。多分恨みがある組の組長の娘と蛍ちゃんを間違えたんだろーね」
う……やっぱりか…………。
何度か同じ経験もあるしそうだとは思っていたが、こうなった理由の余りの理不尽さに腹が立つ。
「で、蛍ちゃんが元の生活を取り戻すための方法だけど、現時点では二つある」
指を二本立てながら昶くんは言った。
「まず安河山会の本拠地に乗り込んで、『私はただの一般人なんです~。この前の事は事故だったので忘れてください~』ってな感じで許しを乞う方法」
ちょっと待て。
なんだその作戦。
成功する気がしないぞ?
「そんな顔しないでよ蛍ちゃん」
考えが顔に出ていたらしく、私の顔を見た昶くんは苦笑いを浮かべた。
「無謀に見えるかもしれないけど、あいつらの世界では何の罪も無い一般人に手を出す事は絶対的なタブーだ。今回の事が公になれば、安河山会は表の世界でも裏の世界でも立場を失うよ」
……まあ説得力はあるけど……。
果たして私は『何の罪も無い一般人』という括りに入っているのだろうか。
確かに昨日拐われた時点ではそうだったが、今となっては私は……。
「ま、安河山会はそこそこ力を持った団体だからな。事件の前半部分は揉み消されて、『風実君が会の重鎮を刺した』と云う事実だけが残る事に為るかも知れん」
鴫羽さんは私の心を抉るような事をあっさりと言ってのける。
「ん、いやちょ、ちょっと待ってください?」
と、心に引っ掛かる事があり、私は掌を顔の前に突き出した。
「あの……私が刺してしまった人って……ど、どうなったんです?」
それ次第で私の罪じょ……運命が決まる。
知るのが怖くもあるが、そんな事言っていられる程平和な状況では無い。
あの時は私もかなり混乱していたから、あの人の安否なんて考えもしていなかった。
「あー、そう言えばどうなったんだろーね?」
「ひ、人の生死をそんな軽いノリで……」
ヒオちゃんを始めとして、ここの人達は命に対する価値観が普通とは違う気がする。
生命を軽んじていると言うより、死を恐れていない、と形容した方が良いか。
「うーん、待ってて。今『訊く』から」
きく?
どういう意味かと訊ねる前に、昶くんは携帯を操作し始めた。
メールでも打っているのか、忙しなく指を動かしている。
鴫羽さんもヒオちゃんも、昶くんの行動に対し特に疑問を抱いている様子も無い。
よく解らないまま成り行きを見守っていると、じきに昶くんは操作する手を止め、口許を緩めた。
「うん、解ったよ。蛍ちゃん安心して。そいつは死んでない」
「えっ本当!?」
……ぃよかったあああ~。
机に突っ伏して息を吐く。
何とか人としての一線は
越えずに済んだらしい。
だからと言って現状が変わる訳では無いが、取り合えず一安心だ。
「そいつの名前は黄凪真夜。安河山会の幹部でかなり腕の立つ会員だね。まあ女子高生相手とは言え刃物で一突きだからね。流石にまだ回復はしてないみたいだけど」
「あ、あの……昶くん」
「ん?」
ずっと気になっていたのだが……。
聞くタイミングを掴めずにずるずる引っ張ってしまった。
だが、正直もう限界だ。
堪らず、私は昶くんに訊ねた。
「昶くんは何で……そんなに知ってるの?」
「知ってる……って言うと?」
「何ですぐにあの人の安否が判ったの? 何で私の体質の事を知っていたの? 昨日、どこから私を見ていたの? 昶くんは──何者なの?」
一通り質問攻めにすると、私はじっと昶くんを見据える。
一呼吸置いて、彼は相変わらずの笑顔のまま口を開いた。
「やだなぁ、蛍ちゃん。もしかしてボクが実は裏社会を牛耳ってるとか思ってんの?」
「……ちょっとね」
だって意味深で怪しげな雰囲気放ってるし。
変な余裕あるし。
実際何なのか解ったもんじゃないよ、この子。
だがそんな私の思考とは裏腹に、昶くんは私の返しを聞いて笑い出した。
「あっはははは! いやー、そうだったらカッコいいんだけどねー!」
「う、うん…………まあ違うよね……」
いや分かってたよ?
私だってそこまで本気でそう信じちゃあいない。
でもそこまで笑い飛ばされる
と……。
私は自分の顔が赤くなっているのを感じ俯いた。
「ごめんね、けーちゃん。アキちゃんはそーゆーのじゃないの」
至って申し訳なさそうにフォローしてくれるヒオちゃん。
いっそ笑ってくれた方が良かった……。
そしてそんなヒオちゃんを見た昶くんは更に噴き出す。
「ははは! 蛍ちゃんもヒオも予想を裏切らないねー!」
駄目だ。
昶くんと話していると全然話が進まない。
まあ最初に脱線させたのは私なんだけどね……。
「鴫羽さん……」
私は鴫羽さんに助けを求める視線を投げ掛けた。
この人もこの人でいまいち会話が成立しない部分があるが、真面目に取り合ってはくれそうだ。
「うむ、分かったぞ風実君。僕が代わりに説明しよう」
言わんとしている事は汲み取ってもらえたようだ。
鴫羽さんは私に向かってしっかりと頷き、まだくすくす笑っている昶くんに代わって話し始めた。
「昶はな……まあ一言で言うと情報通と云う人種だ」
「情報通?」
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