北風 2016-09-11 16:47:48 |
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鴫羽荘は2階建てで、1階は共有スペース、2階が居住スペースだそうだ。
2階には各住人の部屋に加えて、私が寝かされていた和室と空き部屋が2部屋、合計8部屋あるらしい。
外からでも十分な大きさに見えた鴫羽荘だが、いざ入ってみると予想以上の広さだ。
「そう言って貰えると管理人としても鼻が高いな」
私の正面の席に座った鴫羽さんは、満足そうにそう言って卵焼きを口に運ぶ。
「ま、ムダに広いよね。いざ住むとなったらけっこー面倒な事あるよ?」
と、右側の席から昶くんが茶々を入れる。
彼は私達が来る前に食べ終わってしまった様で、今はダイニングテーブルに頬杖を突いてくつろいでいる。
「んじゃ出てけアキ」
と、今度は左側からモロハさんが言う。
その辛辣な言葉は昶くんに投げかけられているものの、本人は箸を進める事に夢中である。
でもその気持ちはよく分かる。
出てきた朝御飯は白米・卵焼き・アジの開き・味噌汁、と素朴なメニューだったが、どれも作り慣れている感じがしてとても美味しい。
丸1日何も食べていない身としては、ついつい遠慮を忘れてしまう。
て言うか、私ってつくづくタフだなぁ……。
己の生命力の強さに若干引く。
「おいガキ!あんま食い過ぎんじゃねぇよ」
「ふっ!?は、はい!ごめんなさい!」
モロハさんに睨み付けられ、私は畏縮する。
目力が凄い怖い。
「モロハ、先程から思って居たのだが、此の子にも名は在る。其の様な呼び方は止め給え」
「鴫羽さん……」
鴫羽さんの予想外の優しい言葉に、思わず感動した。
変わってはいるけど、良い人なんだな……。
「でもオレこいつの名前知らねえんだよ」
「ん、成る程そうだったな。済ま無い、今教えてや……」
そこまで言うと、鴫羽さんはぴたりと動きを止めた。
「……鴫さん?」
モロハさんが呼びかけるが、鴫羽さんは固まったままだ。
「どうしました?」
「……重ねて詫びよう、済ま無い」
鴫羽さんは顎に手を沿え、深刻そうな表情で口を開いた。
「し、鴫羽さん?」
「僕も……君の名前を知らなかった」
「…………」
「…………」
唖然。
「あはははしーさん最っ高ー!」
脱力感の溢れる沈黙を破ったのは、昶くんの笑い声だった。
「なんで今まで違和感持たなかったのさー!」
「いや……すっかり忘れて居た。僕自身も衝撃を受けて居る」
「ははははあ、そーいや昨日の蛍ちゃんもそうだったなぁ。いやー、ほんっと良いコンビ!ボクの読みは外れてなかったよー!」
「ケイ……?其れが此の子の名なのか?」
鴫羽さんは私を見つめてそう聞いた。
「あ、はい……風実蛍といいます……」
「ふむ……では風実君と呼ぼう!モロハ、御前も呼び方を決め給え」
「あぁ?今か?オレこの後仕事あんだよ、鴫さん達だけでやってくれ」
「そう云う訳には行かん。大事な事だ。風実君も同居人との距離が遠いままでは困るだろうしな」
「別にオレは困らな──」
「管理人命令だ!」
鴫羽さんがきっぱり言い切ると、モロハさんは諦めたように溜め息を吐き頭をがしがしと掻いて私の方に向き直った。
「あー…………風実?」
「は、はい」
「オレは空田諸刃だ。まあ適当な名前で呼べ」
「えっと……じゃ、空田さん……」
流石に会って間もない大人の男性を名前呼びするのは失礼……と言うか、違和感がある。
『モロハさん』は改めて、名字で呼ぶ方が無難だろう。
空田さんは「ん」と頷くと、鴫羽さん振り向く。
「これで満足か?もう出るぞオレ」
そう言って空田さんはダイニングから出て行った。
空田さん……やっぱり一番まともに見えるな。
…………今現在身の回りに居る最もまともな人間が、あんな見た目の人なんて……。
空田さんには失礼だが、私は自分が立たされている状況の異常さを再認識してしまう。
「モロハは変な奴に見えるかも知れんが、根は良い奴だ。仲良くしてやってくれ」
空田さんも鴫羽さんには言われたくないと思う。
「モロハもしーさんには言われたくないと思うよー」
口に出しちゃったよこの子。
「む?如何言う事だ?」
「んー?そのままの意味だけどー」
「?」
楽しそうだなぁ……昶くんは……。
若干呆れながらそんな二人を見ていると、不意に背後に気配を感じた。
振り向くと、眠たそうに目を擦るヒオちゃんが立っていた。
「あ、ヒオちゃん」
「…………」
ヒオちゃんはぽーっとした目でこちらを数秒見つめていたが、急にハッとした顔に変わった。
「け、けーちゃ……」
どうやらやっと私を思い出したようだ。
可愛いなぁ、と和んでいると、ヒオちゃんは気まずそうに私の顔から目を逸らした。
「どうしたの?ヒオちゃん」
「あっ……あの……えと……」
彼女はもじもじして何か言い淀んでいる。
「き、のうは……ごめんね……」
「?……あ。あ、あ~」
どうやら昨晩私を怖がらせてしまった事を気に病んでいるらしい。
「いやいやいや!大丈夫だよ、そんな気にしなくても~!私もう忘れてたし」
「ほ、ほんと……?」
ヒオちゃんはほっとした様な表情を浮かべる。
「ほんとほんと~。ほら、ご飯食べよ」
「……うん!」
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