【オリジナル小説】狐と般若

【オリジナル小説】狐と般若

狐と般若  2016-01-11 23:00:06 
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時は徒然、噺は続く事は無く

狐に踊る町人は小細工に気付かぬまま銭を賭け

余は許さんと天誅を下すは将軍

『空見れば 狐嫁入り 夕立や 鳴くは鶯谷 笑うは般若』

白旗振るは何処の小僧か

>主以外レス禁

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  • No.1 by 狐と般若  2016-01-11 23:21:48 


セミナーを受けたのはいつだっけ?

ブログを更新したのはいつだっけ?

私は、誰だっけ?

最近、物忘れが酷い私は名前すら忘れた様だ。
まぁ、『地獄』で何百年も生きていれば忘れて同然だ。いや、自我を忘れないだけまだまだ若いのか。
そう、私は約百年前に地獄に落ちた。真っ赤な血の海、針が生える針山、熱く沸騰する大きな鍋を煮込む鬼。最初の三十年は毎日発狂したもので、得体の知れない異形の蛇や鋭い目をした鬼に何度罰を受けたか。
慣れてはいけない物に慣れると平行感覚がブレブレになる。一応私は女性らしく、老いない傷だらけの体は丸い曲線を露にしている。高校の頃染めた茶髪も伸びる事無く現在も垂らしている。
でも、私が地獄に入った理由が分からないのだ。分かった時点でどうにもならんが、罪の名前も知らずに放り込まれた。いつか出れるんだろうと思う。しかし百年とはなかなか長いもんだ。待てど暮らせど終焉の端切れすら見えない。大丈夫、と言い聞かせて何とか苦行に耐えているがそろそろ精神が病みそうだ。

『グルルルルル...』
___あぁ、まただ。異形の生物が仕事をしろと言わんばかりに足に噛み付く。千切れない程度に歩ける程度に牙が食い込み絶妙に痛い。
振り払って歩き出せば、熱い川に飛び込む。それは熱いもので、まだ慣れない痛みが全身を覆う。地獄とは皮肉なもので『痛み』に慣れない。痛みは精神に関係し、情緒不安定なんて普通。
ほら、今だって冷たい川に手を伸ばす男が鬼に突き落とされた。


これは、地獄での生活を記した一部の『記録』である。

  • No.2 by 狐と般若  2016-01-15 00:43:39 

第一章『冷たい雫』


___目が覚めると何も無かった。

思えば、私が地獄に落ちたのも目が覚めて突然だったか。
真っ赤な空に血生臭い池や釜。ぐつぐつと煮込む炎は相変わらずパチパチと唄っている。
遠くに望める火山は火を吹いて、クランベリーソースの様に明るい紅がどろりと火口から流れている。
何処から聞こえているのか検討も付かない業火の燃える音は未だ健在。

ごぽごぽ。パチパチ。どろどろ。

地獄の大合唱が異様にナチュラルに聞こえる。異様に。静かに。静かに。

___誰も居ないのだ。

般若の顔をした鬼も、咽び泣く罪人も居ない。
只、白い布に身を包み裸足で地面に立つ私だけが息をしている。そんな異様な光景に唖然としている途端、背後から足音がした。
ぺたり、という音に気付き振り返る。するとそこには男が立っていた。
茶色の髪に、やつれた白い肌。きっとぱっちりとした二重で高い鼻の日本人なんだろうが、長く伸びた前髪で見えない。ただ此方を見て、少し驚いているだけ。
「あ..あの..」
思わず声を掛けるが、怯えさせてしまった様だ。私より少し高い背は、肩を震わせる。高いと言っても私が166程なので多分男にしては低いだろう。
ごうごうと鳴く川も今では少しキレイに見える。鮮やかに、赤。本当にそれだけだが。
何が綺麗かっていうと、人と一対一で話すのにこんな真っ赤なのだから少し芸術を感じる訳で。
無表情の私に、怯えた顔の彼が声を掛ける。
「今日はここ、お休みなんですか?」
随分と怯えた声で、青年らしい純粋な質問。そんな事私も知らん、と言う前に「あ..分かりませんよね」と申し訳無さそうに彼は顔を下げた。
傷と火傷で赤い肌。それは私も同じだというのに随分と若く見える。いや、地獄経験的に。多分相手も22くらいだろう。
しかし、ここで立ちすくんで居ては何も分からない。臆病そうな彼には申し訳無いがちょいと探検しよう。どうせ、着いてこれないだろうから。私が歩き始め回れ右をした瞬間だった。
「待って」
青年の震えた声。ふと足を止め振り向くとそこには意を決した様な少年の顔があった。いや、決心付けられても困るけども。
「着いていきます」
予想通りの答え。でもそんな震えた足で歩けるのだろうか。生まれたばかりの小鹿に似た可哀想な感じが凄く似合う。放っておけず手を差し伸べると、嬉しそうに手を取る。ぶわぁっと笑顔を浮かべ冷たい手と手が重なりあう。

その時、私は確かに感じた。

久々の体温。久々の感覚。

甘い電流が体を埋め尽くす。耳を、爪を、指を、睫毛まで。

誰も居ない静かな地獄。叫びの聞こえない静かな地獄。

余りにも久々の静寂と感覚に一瞬動きを止める。青年がきょとんと手を握っている。
はっと我に返る。息を整え歩きだした。





___この出会いが、本当の『蜘蛛の糸』の始まりだった。

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