太陽 2015-12-22 01:12:59 |
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《19話》
4月と言えど夜になれば肌寒い。
俺は制服のポケットに手を入れて夜の街を歩いた。
後からは満束が着いて来る。
その背中では雪がぐっすりと眠っていた。
「待……お、おいてめぇ! 何優雅に歩いてるんだよ! ちょっ……手ぇ出せ手! ポケットから手! 腹立つなぁそれ!」
「いや寒いし」
「オレはむしろ暑いんだよ!!」
人一人と二人分の荷物を抱えて息を切らしている満束の喚き声にも動じず、すやすやと寝息を立てている雪。
良いぞ、流石だ。
「大体何でこの……この人は寝てるんだよ」
まだ彼の中で雪の呼称が固まっていないらしい。
「もう9時だしな。雪は寝る時間だ」
「ええ……」
満束は困惑の表情を浮かべた。
分かるぞその気持ち。
「と言うか、雪より満束だろ。何でお前ずっと待ってたんだよ」
「帰るタイミング逃したんだよ! お陰でずっと蚊帳の外だ! 寂しかった!」
相変わらずのメンタルのようだ。
その情緒でどうやってあそこまでの地位を手に入れたのか。
「寂しかったって……そんなんで学年のトップ張ってけるのか?」
「……今はもう違うだろ」
「ああ、そうか」
雪に奪われたんだっけ、トップの座。
「本当、どうしてくれんだよ……この学校だとカースト上位に立ってねえと生きてけねえんだぞ? 文字通り」
え、命落とすの?
スクールカースト底辺だと死の危険性があるの?
改めてとんでもない学び舎に足を踏み入れてしまった事実に身を震わせつつ、背負われている雪を横目で見る。
彼は目覚める気配もなく気持ちよさそうに眠っていた。
…………。
「別に良いんじゃねえか? これからも学年トップ名乗って」
「は?」
「だってこいつ絶対忘れてるぞ? 今自分がトップに立ってるって事」
仮に覚えていたとしても、こいつは今後に及んでその地位に固執するような人間ではないだろう。
満束は驚いたような呆れたような表情で黙り込んだ後、深く溜め息を吐いた。
「はあ……お前ら訳分かんねえ……」
「何だ? 嫌だって言うんなら、俺と雪が学年トップ張り続けてやっても良いんだぞ?」
「お前関係無いだろ! 便乗するな! ……分かったよ、ありがたく地位は返して貰う!」
そう言い終わると、満束は突然足を止めた。
「? どうした満束」
「いや、オレん家ここだから」
…………。
「…………世も末だな」
「言うに事欠いて何だそのコメントは!!」
いや本当に世も末だよ。
満束が自宅と言った住宅は、立派な一軒家だった。
広々としたガレージに、二階建ての大きな白い家。
玄関の前には鉄製の高い門まである。
豪邸と言う程でも無いが、ここ周辺の住宅の中で最も立派な家と言って差し支えないだろう。
この家、前通る度にちょっと羨ましく感じてたんだよ。
まさか満束の家だったとは。
「……はあ? マジかお前嘘吐いてんじゃねえぞ」
「何でオレがお前にそんな悲しい嘘吐くんだよ!」
「いやだってこんな家の子供って……どう考えてもピアノが趣味の清純派美少女とかだろ。何で不良校に通う学年番長なんだよ」
「知らねえよ! 誰だピアノが趣味の清純派美少女!」
「俺も知らねえよ」
「っつーかピアノが趣味の清純派美少女は今関係ねえんだよ! オレが言いたいのは……この……これ!」
言って、満束は背中の雪を顎で指し示した。
ついに人を指す指示語で呼ばれなくなってしまった雪は、未だ夢の中だ。
「いい加減起こせよ……オレの腕もそろそろ限界なんだよ」
「お? 学年トップの腕力はそんなもんか?」
「うるせえ! 意識の無い人間ってすげえ重いんだよ!」
その豆知識、番長が口にすると説得力が違う。
「仕方ねえな……おい雪! お前の背後に黒髪長髪の女の霊が!」
「!!??」
俺がそう耳元で叫んでやった途端、凄い勢いで跳ね起きる雪。
「わっとと……」
バランスを崩す満束の背中からひょいと飛び降りて、周囲をきょろきょろと見まわし始めた。
「どこ!? 宗哉、どこ!?」
「嘘だ」
「あ……嘘か…………ん? ここ、は? ……あれ? ……」
やや強引に目を覚ました所為か、記憶が混濁しているようだ。
満束はと言うと、雪の目覚めに恐れを成したようで、気付けば既に門の内側で俺達に背を向けていた。
逃げ足の速い番長って何。
「……あ……そうだ……。あのあと……春が来て……えっと、どうしたんだっけ」
雪の記憶が徐々に回復してきたようだ。
そこまでは起きてたのか。
あと少しの辛抱だったのにな。
「宗哉……あの後、どうしたんだ? 春は? 桃菜は?」
もう眠たげな様子の雪は、欠伸混じりに俺に訊ねた。
「ああ————俺の役目はもう終わったからな。後は兄妹水入らずだ」
《19話・完》
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