太陽 2015-12-22 01:12:59 |
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《18話》
「は……え……知って……た……?」
桃菜が愕然と呟く。
沖花は、その途切れ途切れの言葉を拾い上げるように、再び力強く頷いた。
「うん、知ってた。分かってた。分からない筈が無いよ……僕、桃菜のお兄ちゃんだよ?」
「…………いつ、から」
桃菜は辛うじてそう口にするが、その目は怯えきっていて、沖花を見ていない。
先程言っていたように、自分の本性が明らかになった事で沖花に嫌われてしまうと思っているのだろう。
沖花の口からそれが否定されてもなお、ただ一人の兄に見放される恐怖は払拭しきれていないようだ。
そんな桃菜の両肩を抱き寄せ、沖花は優しげに笑った。
「最初から」
「え」
「桃菜と杏菜が入れ代わってたのは、最初から気付いてた」
「……!?」
瞬間的に、桃菜の表情を支配していた恐怖が、驚愕の色に塗り替えられた。
「う、嘘、何で……だ、だって私、バレないように……喋らないように……して……」
「それでも、分かっちゃうのが兄妹だよ。何年二人を見てきたと思ってるのさ」
桃菜の頭を撫でながら、沖花は恥ずかしそうに笑った。
「でも、何で入れ代わったのかは解らなかったよ。僕はこんな頼り無いお兄ちゃんだから、問い詰める権利も無いと思ったし……だけど…………」
沖花の眼差しが真剣なものへと変わる。
そして、唇を噛み締め言葉を詰まらせた。
「だけど……御守りが盗まれてから、桃菜は何か悩んでいるように見えたんだ」
「!」
本人は隠していたつもりだったのだろう、桃菜は再び驚いたように沖花の顔を見た。
「僕……本当は良くないのかもしれないけど、桃菜がそれで幸せになるなら、杏菜と入れ代わったままでも構わないと思ってた」
「え……?」
「やっぱり、何よりも妹の幸せを第一に考えちゃうのが僕なんだ。どんな過ちや罪を犯しても、味方でいたいって思う」
「っ……!」
桃菜の瞳が揺れる。
沖花の言葉が桃菜の中の何かに触れたようで、彼女は色を失い喘ぐような息を吐き出した。
「だけど、桃菜が苦しむのは駄目だよ。それだけは許せない。それだけは──僕が許さない」
静かな声で沖花は言い切る。
気弱で臆病で流されやすい一人の少年が、どうしても譲れなかった只一つの物。
それが、家族愛なのだろう。
俺は杏菜の手を引いて沖花に歩み寄った。
「沖花」
「! あ……小森さん」
俺を目にした沖花は、罰が悪そうに目を伏せると、深々と頭を下げた。
「あ、あの、すみません! 僕……小森さん達を騙すような事してしまって……その、桃菜に何をしてあげれば良いのか分からず……小森さんに本当の事を言い出せなくて……」
オロオロと口籠る彼の沖花の姿に、俺は思わず吹き出した。
「くっ……くくっ……」
「……? 小森さん?」
そんな俺を見てきょとんと首を傾げる沖花。
「くくっ……ふっ……」
『お兄ちゃんを笑わないで』
「ぐっ……!」
脇腹に渾身の肘打ちを食らわせてくる杏菜。
「こ、小森さん?」
「い……いや、何でもない」
何とか平静を装いながら杏菜を横目で睨む。
凄い勢いで目を逸らされた。
さりげなく杏菜から半歩離れ、再び沖花と向かい合う。
彼は申し訳なさそうな目で俺を見ていた。
「……そんなにビクビクすんなよ、沖花」
「……?」
「折角今まで良い感じだったのによ、こんな時まで人に気ぃ遣ってたら格好良く決められねえだろ」
「あ……う……」
沖花は顔を赤くして俯いた。
「邪魔しちゃ悪いし、俺達はもう消えるよ」
「?」
「後は兄妹水入らずで話せ」
俺の言葉を受けて桃菜に視線を向けた沖花を、小さな腕が抱き締めた。
暫く黙ってその胸元に顔を埋めていた桃菜だったが、直にその身体が細かく震え始める。
「…………う……う…………っ」
一度口から漏れた嗚咽は止まらず、徐々に泣き声は大きくなっていく。
数秒後には、桃菜は大声をあげて泣き喚いていた。
「う、ああああああああああっ!!」
《18話・完》
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