太陽 2015-12-22 01:12:59 |
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《17話》
御守りの盗難。
それがこの事件の発端だ。
原因はというと間違いなく満束なわけだが、事態を複雑化させたのは、目の前で泣きじゃくるこの少女である。
自分の存在を消し去る事を目的に、御守りの人為的な紛失を利用したのだ。
だが、それにしては言動に疑問点が多かった。
杏菜や俺に敢えてヒントを与え、真実に導く。
意識しなければ気付かない程度の事だが、気付いてしまえば違和感が残る。
その行動は、彼女の目的とは完全に矛盾していたのだから。
──桃菜は『桃菜』を完全に消す為に、御守りを隠した。
──御守りさえ無くなれば、『桃菜』は消え去る事が出来た。
──御守りは、『桃菜』に戻る最後のチャンスだった──?
そう考えると、全てが府に落ちた。
桃菜は日々劣等感に苛まれ、ある意味愛に餓えていた。
杏菜のついでに分け与えられる有り合わせの愛ではなく、自分に、自分だけに向けられた愛に。
桃菜は杏菜を妬む反面、そんな愛を求めていたのでは無いだろうか。
だが、その欲求が満たされる事は無かった。
杏菜が、『桃菜』が死ぬまで。
『桃菜』が事故で死んだ後、形見として残された御守り。
沖花は、それを肌身離さず持ち歩くようになった。
それは、桃菜が求めていた愛なのでは?
死者に対する餞であったとしても、確かに桃菜一人に向けられた愛だ。
皮肉な事に、桃菜はその愛を自身の死を以て感じる事となったわけではあるが。
桃菜はやるせなかったのだろう。
悉く空回る自分が。
何とかしようと思ったのだろう。
そんな時、御守りが盗まれたという話が耳に入ってきた。
桃菜が『何とかする』ならこのチャンスを利用するのでは無いだろうか。
では、どのように?
※
「さ、最初は……御守りを捨てるつもりだった」
桃菜はか細い声で言った。
涙で濡れたその顔からは、今までとは違い、年相応の幼さが感じられる。
「私の存在を無くしちゃう事が、本当の目的だったはずだし……でも、その寸前で、思ったんだ──もし、今御守りを捨てたら、もうお兄ちゃんに愛されないんじゃないかって。もし、今ここで『桃菜』に戻ったら……」
桃菜はそこで言葉を切ると、顔を伏せて更に消え入りそうに呟いた。
「お兄ちゃんは、私を、『桃菜』のままの私を、愛してくれるんじゃ……ないかって……」
それは、桃菜が生まれた時から夢見ていた事だったのだろう。
もう諦めかけていた願いだったのだろう。
それでも、愛されたくて、愛されたくて。
周囲から溢れるような愛を注がれていた妹に為り変わって。
自分を偽って。
遠回りをして。
だが、根底にある感情はずっと変わらない、至って単純なものだった。
『見て欲しい』
『褒めて欲しい』
まるで幼児のような幼い欲求。
でも、そんなものでも、今まで満たされる事は無かった。
言動だけ取ると早熟過ぎるくらいに感じるこの少女も、中身はずっと幼い子供のまま成長できていなかったのかもしれない。
「で、でも……もう、無理だ、ね」
「え?」
不意にぽつりと溢した桃菜の言葉の意味が分からず、俺は思わず聞き返した。
「だって……私がこんな意地汚い事考えてたってお兄ちゃんが知ったら、ぜ、絶対、に、嫌われちゃう……から……」
「! そんな事──」
「そんな事、ない!!!」
俺が否定しようとする声を押し退けて、大声が響き渡った。
この場に居た、誰のものでも無い声。
全員の視線が、反射的に声の発生源に向く。
俺も続く言葉を飲み込んで、後ろを振り向いた。
「そんな事、あり得ない……僕が桃菜を嫌いになるなんて、絶対に無いよ……!」
※
「お、お兄ちゃ……!?」
『お兄ちゃん……』
体育倉庫に隠れるようにして立っていた沖花は、唇を噛み締めると、桃菜の元へ歩を進めた。
「……桃菜」
「お兄ちゃん……ま、まさか全部聞いて……?」
桃菜は絶望感を宿した目で、呆然と沖花を見上げた。
「うん……全部、聞いてた」
頷いた沖花はそう言い切ると、軽く息を吸って言葉を継いだ。
「全部聞いてたし、全部……知ってた」
《17話・完》
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