太陽 2015-12-22 01:12:59 |
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《16話》
俺の言葉を受けた桃菜は、面倒臭そうに視線を滑らせ、口を開いた。
「あー……そう言えば見られてたんだっけ」
俺が杏菜に会いに行ったあの日、杏菜と桃菜は何か言い争いをしていた。
それからだ、杏菜の様子がおかしくなったのは。
あそこまで執着していた御守りの捜索を断念し、いつも居た路地裏から姿を消した。
原因は間違いなく桃菜との会話にあるだろう。
「別に。あの子、私が御守りを隠した後も探し続けてたからさ。教えてあげただけだよ? 御守りは私が先に見つけて、あんたに見付からないような場所に隠し直した、って。泣いて理由を訊かれたけど、教えなかった。もう会う事も無いと思ってたからね」
杏菜は淡々と言う。
確かに、この話には不自然さは無い。
それを本人も分かっているのだろう。
未だ余裕の表情を保ったままだ。
「杏菜……」
「?」
「俺がお前の正体に勘付けたのは、根拠があったからだ」
「な、何? 突然」
俺の言葉に余りに脈絡が無かった為か、桃菜はややたじろぐ。
「お前の兄ちゃんに言われたんだよ、『桃菜は運動も勉強もできなかったが、人を騙したり操ったりするのは巧かった』ってな。ま、実際あいつは末恐ろしい子供だったし、そう聞いても俺は大した違和感は覚えなかったんだがな……あの日、お前と杏菜が口論になってた時、ふと思ったんだよな──『逆』じゃないかって」
「へぇ……それがどうしたの?」
「そう仮定して考えてみたら、全てが繋がった。だからまあ……お前の正体に気が付いたのは証拠あっての事だった訳だが……ここから先の話には根拠も証拠も無い」
でも、俺が最も明らかにしたかった、するべきだと思った話でもある。
「……で? 何の話なの」
桃菜の目に、僅かだが警戒心が宿った。
口許はまだ平静を装って笑みを浮かべているものの、先程とは違う緊張感が場には張り詰めている。
「だから、あの時お前と杏菜が話していた事についてだよ」
「……それはもう話し──」
「いや、まだだ。」
俺は強引に桃菜の言葉を遮った。
桃菜は笑顔を消し、表情を曇らせる。
「まだ、お前は全部話していない」
「……」
桃菜の表情が固くなる。
初めに見せた、無感情な無表情でもない。
貼り付けたような怯えでもない。
余裕を含んだ笑みでもない。
焦り。
今の桃菜の表情からは、何かが露見する事を恐れた、焦燥感が見てとれた。
「図星みたいだな」
「ちが……違う……私は……」
桃菜は何か言おうと口を開いたが、すぐに歯を食い縛って押し黙ってしまう。
焦りを滲ませた瞳は忙しなく泳ぐものの、何を捉えるでもなく空回っていた。
俺の考えが正しければ、桃菜が杏菜に真実を喋った理由は他にある。
『杏菜が御守りを隠した後も探し続けてたから、教えてあげただけ』?
教える理由は無いだろう。
杏菜への未練を断ち切る為に隠し直したというのに、わざわざそれを杏菜に伝えていては意味が無い。
これではまるで──
「ヒントみたいだ」
俺の言葉に、桃菜がぴくりと反応する。
逃げ道を探すかのように動き回っていた視線は、無意味に彼女の足元で止まった。
「お前の行動は、杏菜にヒントを与えてるみたいだっつってんだよ」
「…………!!」
全身を硬直させ、桃菜は目を見開いた。
「え……? どういう……」
雪が怪訝そうに訊ねてくる。
まあ、この流れで理解しろという方が無理がある。
俺も最初は信じられなかった。
いや……今の今まで、確信を持ち切れてもいなかった。
「雪、俺は──俺達は、ずっと桃菜に利用されてたんだよ」
「……?……」
「桃菜は、杏菜に御守りの在処を仄めかすような事を言って、杏菜が動くのを唆したんだ。すると連鎖的に動かざるを得ない人物が居るだろ?」
いや、と言うより……連鎖的に動くことが出来る人物。
「俺だ」
『……?』
「…………?」
杏菜と雪が『それはそうだろう』とでも言いたげにきょとんと首を傾げる。
俺は杏菜から御守り捜索の依頼を受けた張本人であり、桃菜以外で杏菜を認識する事の出来る唯一の存在でもある。
そんな俺が、依頼主である杏菜の様子がおかしくなった時、最も不審に思うのは当然の事だろう。
「俺が杏菜の事を調べるのを前提に、桃菜は杏菜を唆したんだ」
「え……じゃあ……」
『……!』
「ああ。桃菜はきっと、自分の正体が明らかになる事を望んで──」
「待って!!」
俺の言葉を遮り、絹を裂くような叫び声が響いた。
「待ってよ…………私は……私は……そんな……」
俯く桃菜の足元に、涙が零れ落ちる。
彼女は、嗚咽を漏らしながら糸が切れたように座り込んだ。
「やめてよ……そんな……こと……」
感情と声を失った少女。
実の妹を羨み、成り替わろうとした姉。
桃菜が必死に貼り付けていた仮面が、剥がれ落ちていく。
本性が、露わになっていく。
「そんな事、お兄ちゃんが知ったら……」
後に残ったのは。
「お兄ちゃん……私の事…………嫌いになっちゃう……」
ただ兄に構って欲しかっただけの、一人の子供だった。
《16話・完》
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