太陽 2015-12-22 01:12:59 |
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《14話》
場の空気が凍り付いたようだった。
杏菜は泣き出しそうに顔を歪め、数歩後退する。
まるで俺が苛めているような雰囲気になり、余り気分は良くなかったが、それでも。
真相を明らかにする義務が、俺にはあるように思えた。
知ってしまった者として。
気付いてしまった者として。
生者と死者の橋渡しができる者として、全てを明らかにしてこの少女達を救う義務がある。
だから、俺は言葉を続けた。
「そんな演技をする必要は、無い。俺はもう……全部分かっている」
「……」
俺は肩越しに背後を窺った。
少し離れた露ころに桃菜が立ち尽くしている。
こちらの視線に気づくと、こぶしを握り締めて覚悟を決めたように頷いた。
「杏菜」
「…………」
杏菜は瞳を揺らして怯えたように俺を見上げた。
「お前の口から話してくれねぇか? 今回の事、最初から全部」
「――――」
※
「…………? 宗、哉?」
雪の声がどこか遠くから聞こえる。
俺の言葉を聞いた途端、それまで恐怖が濃く映されていたいた杏菜の目から、一瞬だけ光が消えた。
初めて出会った時のような、無機質な目になったのだ。
だが、すぐに。
彼女は、口元に薄く笑みを引いた。
そして、小さな唇が動く。
「……凄いね、本当に分かったんだ」
雪が息を呑む気配が伝わってくる。
俺は目を閉じて深く溜め息を吐いた。
さすが双子。
桃菜と同じ声色だ。
だが、彼女とは声の調子がだいぶ違う。
女児らしい高い声音だが、妙に落ち着き払っていて大人びている印象を受けた。
この二人は顔だけ見れば区別が付かない程似ているが、喋ればこんなにも大きな違いが露見する。
それほどまでに、『喋り方』というのはその人の個性が表れるのだ。
声真似の類も、単純に声が同じなら良いという話ではない――口癖やイントネーションの置く位置、語彙の量、話す時の態度等の全てが一致して、初めて違和感が消える。
それをやってのけるのは至難の業だ。
特に小さい子供となると、たくさん練習してどうにかなるものでは無いだろう。
そう――小さい子供。
俺は目を開けて眼前に佇む少女を見据えた。
彼女は静かに微笑んで、再度口を開く。
「でも、分かってるなら……私の事を『杏菜』って呼ぶのは、間違ってるんじゃない?」
「ああ……そうだな」
今度は間を開けずに、一息で言い切る。
「桃菜――お前は、双子の姉の、沖花桃菜だな?」
「………………」
眼前に佇む少女は──桃菜は、笑顔を貼り付けたまま黙っている。
本物か偽物か分からない笑顔。
──これも、真実に辿り着く道標となった。
桃菜はゆっくりと口を開き、言葉を吟味するように語り始めた。
「……ハッタリとかじゃなくて、本当の本当に分かったみたいだね……じゃあ、良いよ。私の口から全部話すね」
と、後ろから右の袖を引かれた。
振り向くと、俯いている一人の少女が立っていた。
──杏菜。
『……ごめんなさい……』
彼女の口から零れたその一言は、誰に向けられたものなのか。
どんな意思を込めたのか。
俺には分からなかった。
《14話・完》
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