太陽 2015-12-22 01:12:59 |
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《9話》
「え?桃菜がそんな事を?」
次の日の屋上。
俺は沖花と雪と一緒に昼食を食べていた。
今日の戦争(購買)には辛くも勝利出来たらしく、沖花は大事そうに戦利品(パン)を1つ握り締めている。
「……変ですね。あの二人は自他共に認める仲良し姉妹だったと思うんですが……」
「そうなのか?」
「ええ、毎日一緒に遊んでましたし」
「どういう事だ?……敢えて嘘を言ったのか?」
「だとしたら何故でしょうか?」
「う~ん……」
俺は弁当を頬張りながら考え込む。
自分で言っておいて何だが、桃菜が嘘を吐いているという可能性はゼロに近いと思う。
桃菜はどうやら嘘を吐くのが下手な性格らしいし、それに──
あの顔は、嘘を吐いている顔では無い。
「うぅ…………分っかんねぇ……俺こんなに女子小学生に翻弄されたの初めてだ……」
「……桃菜は運動も勉強もできませんでしたが、人を騙したり操ったりするのは巧かったですよ……」
沖花が苦笑いを浮かべて呟く。
何だその女子小学生。
怖すぎるだろ。
って言うか……
「おい雪!そろそろ何か言え!黙々と食い続けてんじゃねぇよ!」
雪は俺と沖花から2m程距離を置いて、ひたすらパンを貪っていた。
彼は俺が叫びかけても無感情な瞳で宙を眺めているだけで、反応すらしてくれない。
完全に心を閉ざされてるな。
「なぁ、機嫌直してくれよ。仕方無ぇじゃん、お前寝てたし」
雪は焼きそばパンを口にくわえながらじとっとこちらを見た。
「…………嘘。僕が邪魔だったんだ……」
まあそうだけど。
「ち、違えよ。ああぁもう…………俺が悪かったよ。だから許してく」
と、俺の言葉はそこで遮られた。
何者かが屋上の入り口の扉を、ガシャン!と乱暴に開け放ったからだ。
「「「!?」」」
俺達の視線が一気に入り口に集中する。
扉から出て来たのは不機嫌そうな一人の男子生徒だった。
もがっしりとした体つきで髪を染めており、不良である事が一目で判る。
まあこの学校の生徒なんて半分以上がそんな感じだが。
俺達が唖然として男を見ていると、彼もこちらに気付いたようだった。
「ん、人が居たか……あれ? アイツもしかして……」
そう呟きながらそいつは近づいてきた。
そして沖花に目を止め、わざとらしい笑顔を浮かべた。
「あ、やっぱ春ちゃんじゃーん! 昼飯ん時教室いねぇと思ってたらここで食ってたのか!」
そして沖花に馴れ馴れしく話しかける。
「っ! み、満束さん…………どう、も……」
だがどうやら親しい間柄では無いらしい。
沖花は怯えたように俺の背後に隠れて、びくびくとしながら返事を返している。
「あっは! 怖がっちゃって、かっわいー! ね、なんでそいつに隠れんの? 遊ぼうよー、友達じゃーん」
彼はそう言いながら沖花を引っ張り出した。
「ひ、や! ぉあ、やめて下さっ……」
沖花はフェンスにしがみつき必死で抵抗するものの、あえなく引き剥がされてしまった。
「はーい、残念でしたー。無駄な抵抗ぉー!」
男は沖花を押さえ込むと、沖花の手からパンを奪い取った。
「あ、もしかしてコレくれんのー? ありがとねぇ春ちゃん。オレ今日金無くてさー! 恩に着るわー」
「な! か、返してくださ……」
沖花は取り返そうともがいていたが、じきに諦めたように黙って俯いてしまった。
──コイツが、そうなのか。
俺は胸の内から沸々と怒りが湧いてくるのを感じていた。
──コイツが、強さと卑劣さを履き違えて沖花を苛めているのか。
過去の記憶が脳裏に蘇ってくる。
俺は勢い良く立ち上がり、彼を正面から睨み付けた。
「あ? 何お前?」
男は苛立った様な視線を投げ掛けてきた。
折角楽しくしていたのに、といった不満が込められている。
「……沖花を離せよ」
俺はそいつを真っ直ぐ見据えて言葉を発した。
「楽しいか? 道を誤ったお前が一般人を苛めて。満たされるか?」
感情的にならないように意識していたが、挑発する様な言い方になってしまった。
男はそれが癪に障ったらしい。
俺を睨む目に込めた怒りが、濃くなったのが分かる。
「あ? 何だお前? てかお前オレの事言えなくね? その髪の色、お前も一般人じゃないんだろ?」
そうだ。
俺は一般人じゃない。
進むべき道を踏み外し、今まで何度も人を傷付けてきた。
だが、痛みも知っている。
謂れの無い理由で虐げられる者の痛みを。
だから俺は、この手の輩が大嫌いなんだ。
同じ不良だからこそ、許せない。
「なあ沖花、お前から御守りを奪った奴ってコイツか?」
俺は男を見据えたまま、沖花にそう問い掛けた。
「え、あっ……は、はい……満束さんが……」
彼はやや言いにくそうにそう言って、男の顔をちらりと窺った。
「え、何の話?」
そいつは──満束はそう言ってとぼけてみせる。
だが俺が沖花に質問をした時、満束の表情に変化があったのを俺は見逃さなかった。
「そうか、お前か……」
「あ? だから何の事──」
満束の言葉はそこで途切れた。
俺が満束の顔に向けて拳を突き出していたからだ。
「!」
沖花が息を飲むのが分かる。
だが、俺の拳が満束の顔面に触れることは無かった。
満束は憮然とした態度で立っている。
寸止めした拳の風圧で、彼の脱色された前髪が揺れた。
「…………」
「…………」
暫しの沈黙の後、俺は満束の胸元辺りまで腕を下ろした。
そして手を開き、掌を上に向ける。
「返せ」
俺がそう短く告げると、満束は薄く笑みを浮かべた。
「やだね。何でお前みてぇな礼儀も知らねえヤツに返さなきゃなんねぇんだ」
「礼儀?」
何ともこの男には似つかわしくない単語に、俺は眉をひそめる。
「そ、礼儀。今の一年の中でのトップが誰だか知ってんのか、お前?」
「いや、知ら……ッ!?」
途端、全身が揺さぶられるような衝撃を感じた。
一瞬遅れて鳩尾に痛みが伝わる。
「くあっ……」
俺は蹲るようにしてその場に片膝を付いた。
「小森さん!」
沖花の叫ぶ声が遠くから聞こえる。
潰れた肺に空気を満たそうとするが、上手く息が吸えない。
苦しさに顔を歪めながら満束を睨み付けると、彼は右膝を蹴りあげた状態のままで止め、嗜虐的な笑顔で見下ろしてきた。
「オレなんだよ。トップに失礼な事しちゃマズイっとのは分かるよなぁ?」
そう言って、足を俺の背中に向けて踏み下ろす。
畜生。
東京の不良校なだけあって、ヒエラルキーが形成されるのが早い。
そんな事は分かっていたのに……!
トップに立った奴を把握しておくべきだった。
そうすれば少なくとも不意打ちを食らう事は無かった筈だ。
「な~んだその顔? 文句あんならオレらに勝ってからにし」
言葉の途中で、視界から満束が消えた。
と同時に、背中に感じていた重さも消える。
直後、背後のフェンスから何かが叩き付けられる様な轟音が耳を突いた。
「!?」
振り向くと、満束が仰向けに倒れている。
「…………これで、僕がトップ……?」
静まり返った屋上に、聞き慣れた抑揚の無い声が響く。
「雪!」
先程まで満束が居た位置には、いつの間にか雪が立っていた。
「……そいつ、倒した……から、僕がトップって事で……良い、のか?」
「え? あ、ああ……」
そういう事なのだろうが、学年のトップを決める勝負がこうも呆気なく決まってしまって良いのだろうか……。
何か釈然としない。
雪は倒れた満束の元まで行くと、彼の襟首を掴んで引き起こした。
「……おい……」
「ひっ!? ……ん、だよ……お前……」
満束の顔には畏怖の色が刻み込まれている。
1ヶ月で東京の不良校のトップに登り詰めただけあって、雪との力の差は理解できたようだ。
ざまあみろ。
俺何もしてないけど。
「……返せ……御守り……」
「あ、いやちょっと待っ……あれは今となっちゃオレの物だし……」
「……れーぎ……」
「ッ…………だーもう! 分かったよ!」
満束は雪の手を振り払うと、その場に腰を下ろし、胡座をかいた。
「お、返す気になったか? それが一番だ。お前はちょっとした悪戯のつもりだったかも知れねえが、沖花にとっちゃ、あれは大切な──」
「そこの白いのは黙ってろ。弱いくせに説教垂れんじゃねえ」
「な゛っ……」
今俺良い事言おうとしてたのに。
でも俺が満束より弱いのは事実だがら何も言い返せない。
「つか、返さねえよ」
「おま……! この期に及んでまだそんな意地を」
「だからお前は黙ってろって」
「…………」
黙っている事にした。
「いや、返さねえ……って言うか……」
満束は少し困ったような顔で頬杖を突き、目を伏せた。
「返せねえんだよ。無くなっちまったんだ。隠しといた筈なのに、忽然とな」
《9話・完》
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